第322話 技術の裏側
「一度、ニコロ司祭に会っていただきます」
「やはり、そういう話になりますか?」
「ええ、是非とも」
ミケリーノ助祭は、笑顔で俺の肩をガッシリと掴みつつ、笑顔で言った。
可能であれば、そのまま引きずって連れて行きたいところだっただろう。
俺が連れて行かれなかったのは、単純に先方の準備ができていなかったからに過ぎない。
いろいろとやらかしている実感はあるので、できればニコロ司祭とは顔を会わせずに済ませたいものだが。
ニコロ司祭に会うと、なし崩し的に聖職者にされそうな気がしてならない。
「なんか、あの人の笑顔怖かったね」
と、帰り道でサラが言った。
「上司のニコロ司祭が厳しい人だからな。いろいろと大変なんだろう」
仕事があまりにも大変になると人は優しくなれない。
そして、ミケリーノ助祭の仕事が大変なのは断じて俺のせいではない。
俺はただ、ときどきいい話を持っていくだけである。
「ふーん」
とだけ、サラはうなずき、俺もそれ以上の論評は避けた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「とりあえず印刷用の絵はできたが、こんなのでいいのか?」
工房では技術開発担当として、ゴルゴゴが銅板印刷を少しでもマシなものにしようと、いろいろと工夫に奮闘している。
ゴルゴゴの言うには、銅板印刷の肝は、銅板の表面処理と圧搾機の高度化にあり、どちらの技術も怪物の革の加工に共通する部分があるそうだ。
そこまで技術の細かい話が進むと、美術の授業で少し齧った程度の俺の技術知識では話に追いつけない。
俺ができるのは、ゴルゴゴを援助し、ときどき相談にのるだけだ。
それで、今日は銅板に溝を刻むための鋼鉄のペンに、何か新しい素材を混ぜて鋭さと硬度を増したものをテストするらしいので、絵を描いたのだ。
「工房には、まともに絵を描ける者がおらんからな。お主の絵で我慢するわい」
とゴルゴゴが失礼なことを言う。
要するにサンプルの絵として怪物の絵を描いたわけだが、男爵様の絵と比べるといかにも拙い。
俺も美術の成績が大して良かったわけではないので仕方ない。
「でも、こっちの絵の方が可愛くない?」
と、サラが言う。
一応、写実的な方向に寄せて描いたつもりなのだが、線を減らしてそれらしく描こうとすると、マンガやイラストに寄った絵になってしまう。
「怪物を可愛く描けてもなあ・・・」
もしこの世界で怪物の駆逐が進んで人類文明が高度化し、魔狼やゴブリンが絶滅危惧種にでもなれば萌えキャラの出番もあるだろうが、そんな話になるには、500年は早い。
ゴルゴゴが、俺が怪物の絵を描いた銅板を取り上げ、表面にインクを塗る。
そのインクを拭き取ると、銅板の傷である絵にインクが残る。
「この傷が、もう少し滑らかに、深くできるといいんじゃがの」
と、銅板を見ながらゴルゴゴが言う。
「まあ、今度は、革の処理に使う薬品を試してみるつもりじゃ」
そうして葡萄酒の圧搾機を改良したプレス機のような印刷機に、銅板と羊皮紙を厚いフェルトで挟んでセットした。
薬品で何を処理するのかは知らないが、表面を滑らかにしたりとか、何かの効果があるのかもしれない。
そのあたりの技術開発は、時間をかけてやって欲しいと言ってある。
最近は靴作りが職人達だけでまわるようになっているせいで、開発担当のゴルゴゴには物足りない日々だったのかもしれない。
口調とは裏腹に、ずいぶんと張り切っているように見える。
本日は22:00にも更新します




