第308話 何を言うかよりも誰が言うかが
罠には数匹の魔狼がかかっていたらしい。
男爵様に付き従って洞穴前につく頃には、魔狼が唸る声が聞こえてきた。
「どうだ?」
とスイベリーが問うと、警備についていたらしい団員が
「2匹、かかっておりました。既に縛りあげてあります」
と返してきた。
相変わらず、剣牙の兵団の団員達が有能すぎる。
男爵様も、ここ数日、機敏な動きを見せる剣牙の兵団に感銘を受けたのか
「ジルボアとやら、お前達は我が家の家臣になるつもりはないか?あの部下を貸してくれるだけでもいいが」
と冗談めかして聞いていた。
数年前ならともかく、今のジルボア達の勢力は、伯爵領でも目敏い貴族であれば無視できない実績を積み上げつつあり、男爵様といえども好きに召し抱えて良い存在ではなくなっている。
逆に、男爵様が剣牙の兵団を抱え込んだ場合、一体何を企んでいるのか、と政治的に痛くもない腹を探られることにもなりかねない。
そういった事情を踏まえて冗談にしつつも、男爵様は怪物観察旅行において、有能な冒険者の有用性を今更に強く認識したようだった。
もっとも、単純に男爵様がそういった政治的配慮は投げ捨てて、衝動のままに勧誘をしている可能性もなくはなかったが。
ところが、意外なことに政治的な感覚に優れている筈のジルボアが
「男爵様、私達も別の志がありますので家臣としてお仕えすることはできませんが、男爵様の事業には是非、協力させていただきたく思います」
と、男爵様の提案を一部、受け入れることを仄めかした。
貴族階級の会話の文脈で言うと、イエス、ということである。
それは、俺よりも周囲の団員達に動揺を引き起こしたようだった。
つまり、団長がこの依頼にそれだけの重みを置いている、ということだからだ。
それまでゴブリンや魔狼相手ということで緩んでいた空気が、突然、引き締まった音がした。
あとから冷静に考えれば、気持ちの切り替えに物理的に音がするわけはないのだが、その時は、確かに音がしたように感じたのだ。
団員達を代表して、副長のスイベリーがジルボアに問うた。
「団長、それは我々の進む道に資する事業でありましょうか」
それを受けて、ジルボアは鷹揚に頷いて見せる。
「ああ、男爵様の事業は、必ず、我々の道を平らにするために役立つだろう」
その答えを聞いて、おぉ・・・、と声にならない声が団員達から漏れる。
改めてジルボアのカリスマを見せつけられつつも、やや疎外された感のある俺は、何だかなあ、と思わずにはいられない。
同じ意味のことを俺も先日団員達に説いたはずだが、反応がまるで違うのだから。
仕方がない事とはいえ、人に訴えるには、何を言うかよりも、誰が言うのかが大事なのだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
穴から引き上げられた魔狼は2頭、前日と同じように鎖で縛られていた。
男爵様は早速、生きたままの怪物を写生する作業を始め、俺は助手を務めることになった。
変わったのは団員達の態度だ。
先日までは薄気味悪そうな様子で俺達を遠巻きにしていた連中が、真剣な様子で作業を見つめ、時折、男爵様に質問までするようになり、男爵様もまた、嬉しそうに返答していた。
その光景を眺めつつ、俺は、冒険者という職業の意味が変わる瞬間を目撃しているのかもしれない、とボンヤリと感じていた。
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