第265話 靴の御幸
その日も、以前のように3等街区に人々が押しかけ、熱気と人いきれで息苦しくなりそうな人混みの中を、剣と盾で武装した男達に囲まれた荷車が、綺麗に飾り付けられ布で包まれた靴の箱を積んで、ゆっくりと進んでいく。
靴の御幸。
剣牙の兵団に守られ、聖職者に先導された、聖職者への靴の納品は、いつの間にか、そう呼ばれるようになっていた。
300足の厳重に梱包された開拓者の靴は冒険者向けの守護の靴よりも1まわり大きく豪華な箱に包まれており、警備と輸送力のバランスの関係で、100足ずつ3回に分けて納品されることになっていた。
そして、今日はその3回目。最終の納品である。
左右を武装した男達に厳重に守られた行列の中を、荷車と並んで歩いていると、サラが話しかけてきた。
「なんだか、みんな嬉しそうだね」
「そうだな。それにしても、なんで毎回、人が増えるんだか」
と、俺はぼやいた。
もう3回目の行列、枢機卿に納めた時を合わせれば4回目の行列になるのだから、少しは周囲の反応が落ち着いても良さそうなものだが、人々の集まりは相変わらずだった。
むしろ回を追うごとに人が増えていき、行列が進むのに毎回、時間がかかって仕方ない。
「あれでしょ、あの噂のせいじゃないかな」
とサラが訳知り顔でいう。
サラの言う噂というのは、開拓者の靴の教会の印に触れると祝福を授かることができる、というものだ。
どうも随分と広まったデマらしく、護衛についている剣牙の兵団の面々も人々を押し返すのに苦労しているようだ。
元の世界でも聖遺物などで似たような話もあったことだし、信仰を持つ人々の反応というのは似たところがあるのかもしれない。
もっとも、魔術が実在するこの世界では、ただの迷信では片付けられない。
出荷段階では、教会の印は工房で縫い付けられた、ただの模様であるが、教会に運び込まれたあとで教会の方で魔術的な何かをしている可能性もある。
「とにかく、これで無事納品できたら一区切りだ。明日は休む。ぜったいに休む」
と小さな声で言うと
「そうね。ケンジ、頑張ってたものね」
とサラは小さな声で褒めてくれた。
サラも含め会社の全員が、この2ヶ月、実によく頑張ってくれたと思う。
「明日は休んで、慰労会でもやるか」
俺は元の世界のプロジェクト打ち上げのような軽い気持ちで口に出したのだが
「慰労会って何?」
とサラが聞いてきた。
「村の収穫のお祭りみたいなものさ。それを工房全員でやるんだ」
「へえ、街の工房って、そんな習慣があるんだ。知らなかった!」
とサラは感心した様子を見せる。
ひょっとすると、個人や家庭単位の工房が中心の、この世界では仕事の区切りで祝う習慣は薄いのだろうか。
会社がなかったのだから、庶民のレベルでは会社単位の行事が発達していないのは当然かもしれない。
まあ、楽しいことだから、別にいいだろう。
会社の行事、という新しい習慣を持ち込んでしまった可能性もあるが、疲れた頭で考えるのは面倒くさくなったので、気にしないことにした。
本日は22:00にも更新します




