第263話 増産
「そもそも、あの人達に知らせておかなかったの?」
とサラが言う。
あの人達、とは街間商人のことだ。
「街間商人は、いつも街にいるわけじゃない。ほとんどの期間は街と街の間を旅しているもんだ。街にいる相手には知らせたつもりだったが、全員に知らせることができたわけじゃない」
ニコロ司祭の依頼が入った時点で街中にいた商人には知らせたが、それ以降は暗殺騒ぎなどもあり、正直、周知が不足していた点は否めない。
街間商人同士の情報交換に期待したいところだったが、会社が靴の取引先として競わせる方法をとっている現状、有利な情報はお互いに秘密にすることだろう。
「まずはお詫びと周知だな。街間商人が集まる宿に、お詫びと次回入札日程を知らせる立て札を建てさせてもらおう」
「羊皮紙を貼るのじゃだめなの?」
「情報を見たあとで剥がして持っていく奴がいるからだめだ」
街間商人の競争は激しい。そうやって情報を自分だけのものにし、競争相手を妨害するなどということは日常茶飯事だ。
「それと、問題の根本に手をうつ必要があるな」
「問題の根本って?」
「結局のところ、靴を欲しがってる人に対して作れる数が少なすぎるんだ。だから、靴の生産量を増やすのさ。幸い、今回の開拓者の靴の大量注文をこなしているおかげで、増産体制に会社が慣れつつある。これをさらに推し進める」
「どのくらいまで増やすの?」
「とりあえず3ヶ月で2倍。まずは隣の工房を買い取る」
「・・・まあ、金額的には買い取れないことはないと思うけど」
「会社も、今は信用があるからね。前からそういう話はあったし。革通りに仕事を流したせいもあって、最近は革通りにも活気が出てきてるだろ?それで、譲っても良いと言ってくれてるんだ」
地元に仕事と金銭を落とした副次的な効果として、地域の会社に対する感情が非常に良くなった。
今回の工房の土地譲渡が具体的になったのも、そのおかげと言って良いかもしれない。
もちろん、前段として枢機卿御用達の看板の威光が大きかったことは否定出来ないが。
「でも、場所だけあっても、すぐに靴の生産量は増えないでしょ?」
と、サラが言う。
「だから、職人も採用する」
「どれくらい増やすの?」
「1月に3人ずつ増やす。それ以上は教育が追いつかない」
枢機卿御用達として知られるようになってから、街の工房から会社に入りたい、という若手の職人が増えている。これまでは機密保持と教育力の限界で受け入れを緩やかに進めてきていたわけだが、それを加速させる必要があるだろう。
「あとは、靴の修理業務を街の靴工房に委託しようと思う」
守護の靴は高級品なので、傷んだ靴は持ち込まれて修理される。
もともとは守護の靴の強度を確かめるため、また販売後のアフターサービスとして行っているのだが、今では設計の見直しは終わり、純粋な手間仕事となっている。
裂けた箇所の裏打ちや、解れた箇所の修理などは、ある程度、経験を積んだ技術が必要で、それはむしろ街中の個人工房の得意な仕事なのだ。
「でも、その会社って、靴のギルドとあんまり仲良くないでしょ?」
サラが、懸念を口にする。
「仲が悪いのは、高級品を扱っている1等街区や2等街区の工房の話だよ。3等街区の1人親方の工房にお願いするなら問題ないさ。もちろん、きちんと技術力があって信用がおけるのを選ばないといけないけどな」
とは言え、これだけでは不足だ。
もう少し、手を考えなければならない。
本日は22:00にも更新します




