第242話 現実を認めなさいよ
アンヌの叱咤を受けて、俺は緩んでいた頭を巻き直した。
「それで、何人ぐらいいるんだ?」
「100人はいないわね」
アンヌの返答は早い。
「どういう人達だ」
「お金は持ってそう。ただ、今すぐの現金は持ってないかもね」
まあ、アンヌが見るとそう見えるか。
「サラ、ちょっと見てきてくれないか」
1人だけからの情報だと偏るので、複数人で見てもらうことも必要だ。
本当は俺が見に行ってもいいのだが、まだ暗殺者の類がいる可能性もあるし、俺が顔を出すと客が押し寄せて警備に支障がでるかも知れないので自重した。
すると「まかせて!」小走りで見に行ったサラが、すぐに興奮してパタパタと足音をさせて帰って来た。
「た、大変!すっごい人!」
「それはアンヌから聞いた。どうすごいんだ?」
「ええと・・・その、今すぐ欲しい!って、みんな、すごいの!」
つまり、購買意欲がすごく高い人達なのか。
とは言え、現状では開拓者の靴は契約上の理由で教会から販売することしかできない。
市民達に安易に販売する約束はできないが、何の約束もなければ帰ってくれそうにない。
「弱ったな・・・」
と、俺の弱気な言葉を聞いたアンヌが発破をかける。
「なに言ってんの!またとない機会じゃない!高値でバンバン売りなさいよ!」
「いや、しかし開拓者の靴は、もともと開拓に従事する農民にも買えるぐらい安く売りたかったんだが・・・」
と、俺が弱々しく反論すると、アンヌはかぶせるように大声で言った。
「はあ?あんたね、あの人混みを見なさいよ!あんたの靴は、今や枢機卿の御用達の靴なの!それを買うためには金貨だって出すような金持ちが列を作ってんのよ!今さら、そんな安値で売れるわけないでしょ!現実を見なさいよ、現実を!」
そう言われると、一言もない。アンヌの指摘に、俺もサラも黙ってしまった。
だが、アンヌの言うことは尤もだ。
俺も、開拓者の靴を、安価で売る戦略は破綻した、という事実を認めざるを得ない。この期に及んで、低価格路線への変更は不可能だ。
俺は深呼吸をして、思考を立て直すと方針を提示した。
「まず、名簿を作ろう。そして全員に販売を約束した上で、予約票を購入希望者全員に配布する。価格決定権は教会にあることを示した上で、価格は後出しになることに同意できる人だけ、という条件を受け入れてもらうしかない。相手は富裕層が多そうだから、説明はアンヌに任せる。名簿の記入はサラに、予約票の作成はゴルゴゴに任せたい。剣牙の兵団の護衛には、工房の護衛と購入希望者の整理をして欲しい。ここまでで、何か質問はあるか?」
「工房の人間を使ってもいいかの?」
とゴルゴゴは聞いてきた。
「任せる。工房の材料も使ってくれて構わない」
アンヌからも質問があった。
「開拓者の靴の予備を説明に使わせてくれない?」
一瞬考えて、許可する。
「いいだろう。せいぜい勿体ぶって使ってくれ」
サラが質問してきた。
「ケンジはどうするの?」
俺は肩をすくめて答える。
「今日の騒動は計算外だった。事後承諾になるが、靴販売についてニコロ司祭に相談して許可をとらないとな。まずはお詫びの手紙でも書くさ。他に質問はないか?よし、それじゃあ、始めようか」
そう指示を出すと、全員が弾かれたように動き出した。
その様子を見ながら、この会社もチームになってきたな、と感じていた。
結局、全ての予約を捌くのには夕刻過ぎまでかかったが、全員の顔は充実しているように見えた。
明日も18:00と22:00に更新します




