第211話 理想と現実の擦り合わせ
教会の印を普及させる仕組みに内包される理想主義と現実の社会的制約を、どのようにすり合わせるか。
言い換えれば、貴族や教会が会社を脅威に感じないよう、どのような落としどころにするか。
それを実現させるために必要な行動と成果は、空中戦の理論を戦わせることではなく、実務をどのように設計するかにかかっている。
議論のための議論は、人の分断させる役には立っても、矛盾を解決する力にはなれない。
最初に合意できるところから、合意する、という精神で始めることにする。
そうなると、議論すべきは、教会の部門の仕組みからということになる。
教会の印を行き渡らせるために、最初に合意すべき人物は教会の仕組みに詳しいミケリーノ助祭だからだ。
それを踏まえたうえで、ミケリーノ助祭に呼びかける。
「いろいろと議論すべき点はありますが、まずは、教会の印の評判を守る組織の実務について議論しませんか」
ミケリーノ助祭も、その趣旨には賛同してくれるようだ。
「そうですね。実際の組織や手続きを考えることで、資金や人員の必要額や人数を算出できますからね。
私としても、ニコロ司祭には構想が出来上がった上で、あとは裁可を得るだけ、という状態で話を持っていきたいのです」
ミケリーノ助祭の思惑は理解できる。ニコロ司祭は枢機卿の補佐として様々な業務を切りまわしているのであろうから、非常に多忙なハズだ。
その下で部下として価値を証明し続けるためには、ニコロ司祭には相当程度に検討し終わった精度の高い草案を持っていきたいところだろう。
「先程は裁判士のような役割という議論になったわけですが、そうなると組織や綱領も、裁判士に倣うのがいいかもしれません。実務者には、法学を修めたものを中心に据えるといいのかもしれませんし」
そう提案すると、ミケリーノ助祭は賛同しつつも、踏み込んだ内容を求めてきた。
「人員に求められる技能は理解できました。ただ、実際のところは何名程度の組織が必要だと思われますか?」
漠然とした質問に回答するコツは、こちらで前提条件を説明して状況を限定して回答することだ。
この場合は想定する管理部門の成長ステージと人員を関連付けて答えれば良い。
「そうですね。立上げは少数で充分です。教会からは3名程度の人員を出して欲しいですね。それ以上の人数は議論を進める上で妨げになります。法学を修めた若くて柔軟な考え方のできる人をお願いします。
その方と一緒にまず、この街だけで初期運用を行います。そこで様々な事例を蓄積していくことで様々な仕組みの制度が確立できるはずです。実は、この印を管理する仕組みには類似した事例が既にあるのです。それも参考にできる筈です」
そう言うと、ミケリーノ助祭は驚いて声をあげようとしたが、途中で思い当たることがあったのか、口を閉じた。
「そうです、思い当たることがあったようですね。今、ミケリーノ助祭様が履いている守護の靴、それには剣牙の兵団の印が刻まれています。この街で、どのように彼らが印を管理しているのか、関心はありませんか?」
俺がそう持ちかけると、ミケリーノ助祭は
「先の経験を積んだ方には是非、聞かせて欲しいですね」
と強く頷いた。
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