第207話 清貧は力
ミケリーノ助祭に対し、俺は説明を続ける。
「はい。今回の教会の印は、開拓事業を支援する、という教会の約束だと私は考えています。その約束に賛成しているから、開拓者の靴の事業の売上から、一定の割合を印の管理部門に喜捨するのです」
「ふむ。その理屈はわかります。約束か・・・。たしかに」
「そして、約束に反する製品や事業には、教会の印を許可してはならないと考えます。例えば、開拓に直接関係ない貴族向けの宝飾品、煌びやかな陶芸品、騎士の輝く板金鎧や逞しい軍馬などには、幾ら喜捨を支払われても印を許可をするべきではないのです。これが、制限ということです。制限のない約束は、約束ではありません。それは罰則のない規則が、法として無力なのと同じことです」
「罰則のない規則は、法として無力・・・」
「運用を始めれば、法律の適用と同じように、どちらにすべきか迷う事例が多数出て来ることでしょう。例えば、開拓地で使用される伐採用の斧は印の許可が認められるとしても、冒険者が戦闘に使用する斧に印は認められるのか。開拓事業に出資する貴族が馬車に印をつけたいと言ってきたときに印は認めるのか、など様々な事例が想定されます。それらに対し、一定の基準を持って、印の使用を許可、不許可という判断の例を積み重ねていくのです」
俺の説明に、ミケリーノ助祭は呆れて言った。
「・・・それではまるで、裁判士のようではないですか」
「そうです。印の運用に求められる態度は、裁判士のそれと同じ種類のものであると考えます。そして、法に権威をもたせられるのが権力と運用の公平さである以上、印の運営にも約束と制限に基づく慎重な運営と事例の積み重ねが必要だと考えるのです」
俺が言い終えると、ミケリーノ助祭は大きなため息をついた。
「これは、私が考えていたよりも、相当な覚悟が必要な事柄のようですね。ニコロ司祭が、私を喜んで送りだすわけです」
俺はミケリーノ助祭に、更に憂鬱になる未来予想図を指摘する。
「そうです。覚悟が必要だと思います。一度、仕組みが始まってしまえば、様々な干渉や政治的な力学が働くでしょう。それだけの収益を生む可能性のある仕組みだからです。ですが、それだけに最初にキッチリと運用の原則を確立しなければなりません。そうでないと、教会の財政が傾いたから、という理由で効力のない護符を売ったりする輩がでて、教会の権威と仕組みを台無しにしないとも限らないからです」
ミケリーノ助祭は、俺の指摘には賛成できないようだ。
「まさか、そんな不心得者が出るとは・・・」
「いいえ、あり得ることです」
だが、俺はキッパリと断言する。元の世界で免罪符が販売されたような真似はさせない。そういった仕組みの穴は、今のうちに塞いでしまうのだ。
「人や組織は誘惑に弱いものです。ですから、最初にしっかりと規則を定め、運用の公平を担保しなければなりません。そして、結果は常に公表し、組織の透明性を保たねばなりません」
「ケンジさんは、ずいぶんと組織の透明性に拘るのですね」
「それは、そうですよ。冒険者や商人にとって、稼ぎは命と等価です。その喜捨を受けるのですから、印の管理部門には、それを知らせる義務があります。その姿勢が、次の喜捨を生むのです。清貧は力、そうではありませんか?」
俺が聞きかじった神書の一節を諳んじると、ミケリーノ助祭は苦笑いをした。
「やれやれ、あなたにはかないませんね」
こうして、俺とミケリーノ助祭は合意と理解に達したが、会議に参加した他のメンバーは、口をあけてポカンとしていた。
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