第167話 パンを焼くように
「その・・・こうじょう、っていうのは、どんなものなの?なんかよくわかんないけど・・・」
サラと話していてありがたいのは、わからないことをわからない、と言ってくれることだ。
だから、こちらも説明しやすい。
「そうだなあ・・・今、会社の工房では20人ぐらいで1種類の靴を作ってるだろ?それが10列並ぶところを想像してほしいんだ」
「ええ!?そんなに沢山、この建物に入りきらないでしょ?」
「だから、専用の建物を建てるんだ。この建物の10倍の広さがあって、端から端まで見渡せるようになってる」
「・・・そんな大きい建物、教会以外に見たことないなあ・・・」
サラにはどうしても想像できないようなので、工場が稼働しているイメージを説明する。
「ちょっと想像して欲しい。
朝の決まった時間になると、働いている人が大勢やって来る。
全員が出勤の板をひっくり返して、それで決められた列に並んで働くんだ。
会社の仕事は細かく分けられているから、場所によっては力のない女の人や子供も働ける。
働いた分だけ、お金をもらえる。
できた傍から靴は箱に入れられて馬車で運び出される。
この街だけじゃない、余所の街でも、余所の国でも、冒険者も、開拓者も、全員が会社の靴を履くようになる。
そうして日が暮れると、列で働いていた人達は、出勤の板をひっくり返して退勤する。
建物は静かになり、明日の人を迎えるために、準備をする人だけが、掃除をしたり部品を数えたりする。
これを200人の人達が、毎日繰り返すんだ」
「・・・ちょっと想像できない」
サラは、自信がなさそうに言った。
まあ、それはそうか。この世に存在したことのない組織を想像しろ、という方が無理だ。
これは俺の説明の仕方が悪い。自分の想像できる光景を説明するのではなく、相手の理解できる言葉で説明するべきなのだ。だから、言い方を変えることにした。
「村でパンを焼いたことはあるか?」
「うん!あるよ!薪代がかかるから、村のおっきいパン焼き窯で、お祭りとか結婚式とか、特別な時にみんなで焼くの!」
なるほど。サラが白いパンにやたらに執着するのは、お祭りの時だけに食べられる特別なもの、という意識があったせいか。俺は麦粥、結構好きなんだが。まあ、そういう知識があるのなら説明しやすい。
「もしサラが、この世のみんなに、焼き立てのパンを毎日届けたいと考えたとする」
「おお!?」
案の定、食いつきがいい。
「パンを村の皆で凄い速度で作るためにはどうしたらいいかな?」
「ええと、刈った麦の皮を剥がして、吹き飛ばして、それで水車とか臼とかで粉にして、それを練って、休ませて・・・焼いて、包むのよね。村のみんなで分担するかな?」
「それで、どのくらい焼けるんだ?」
「そうねえ・・・1日かけて村の全員分だから、200個ぐらい?」
「もし500個焼けって言われたらどうする?」
「ええ!ううん・・・男衆や子供にも手伝ってもらうかな。麦の皮を吹き飛ばしたり、水車小屋まで麦袋を運んでもらうには力があった方がいいもの。子供だって、パンを包むぐらいはできるだろうし」
「もし1000個焼けって言われたら?」
「・・・ちょっとわかってきたわ。隣の村から人手を呼ぶでしょうね。新しく竈を作って、そこでも焼くようにするわ。雨が降ったら困るから、場所によっては屋根を作るかも」
「隣村の人だと、いろいろと習慣も違うだろう?」
「そうね、パンも村によっていろいろあるから・・・。大きさとか形とか焼き方とか。でも話し合って同じにした方がいいのよね?」
俺は頷いて、工房の作業台に置いてあった靴を取り上げる。
「これが、パンだ」
品質検査のためのマニュアルである羊皮紙を取り上げる。
「これが、話し合いで同じパンにしよう、という合意だ」
振り返って工房全体を指して言う。
「大勢の人で毎日、大量のパンを焼こうという仕組み、それが工場だ。俺はパンを焼くように靴を作り、この世の全ての冒険者と開拓者に届けたいんだ」
そこまで言うと、サラにも工場というものが朧げながらイメージを掴めてきたようだった。
本日は18:00にも更新します




