第160話 誰だって正業につきたい
隠し畑の生産性は低い。あまり大きくすると見つかりやすくなるために土地は広くできないし、村から遠いので移動時間も長くかかる。
それに怪物や野生動物に襲われる危険があるので、周囲を気にしながら作業しなければならず、時間をかけたわりに直接作業できる時間は短い。
常に監視できるわけではないので、収穫を野性動物に食べられてしまうこともある。
実際、村の中でも富農と呼ばれる豊かな農民は村の中心近くの豊かな畑を抑えており、隠し畑には関わっていない。隠し畑を持つのは、小作や無宿者などの、財産が少なく村に地縁の少ないもの達だ。貧しく、失うものがなく、食べるのに困っているから隠し畑などの違法な手段で生計を立てざるを得ないのだ。
「単純に、規制するのでは駄目だろうな」
と、クレメンテ助祭が言う。あの文句ばかり言っていた彼が、随分と変わったものだ。
「しかし合法化するのも、教会だけでなく土地持ち貴族達は、こぞって反対するでしょう」
と言ったのはアデルモ助祭だ。確かに単純に合法化することもできない。
教会が合法化を一部の領地で認めたとすると、その影響は大きすぎる。何より、どれだけの隠し畑が国内にあるのか実際のところは想像もできないのだ。
「知ってしまった以上は、現状維持というわけにはいかないでしょう。私達で解決策も合わせて報告しないと、隠し畑にも税金をかけろ、という意見が出るかもしれません。それは、あの農婦のような小作農家には酷い結果を招くことになりかねません」
ミケリーノ助祭が言う。
「そんな!ぜったい無理よ!払えるわけないじゃない!」
とサラは反発するが、俺も教会の組織がどうなっているかは知らない。ただ、その可能性は捨てきれない。あの光景を見た俺達が、責任を持って解決策を出さなければならない。
「開拓予定の村にある隠し畑については、簡単な解決策があります」
と、俺が言うと全員の視線が集中した。
「隠し畑なんて、危険ばかり大きくて実入りのいい仕事じゃありません。だから、開拓で割のいい仕事を割り振ればいいんです」
「で、ですが開拓の仕事は力仕事が多くて、あの家族の農婦や子供達に開拓の仕事なんてできないのでは・・・」
「そこは手伝い的な仕事を割り振るように教会で配慮すればいいんです。それに力のある男が開拓に従事すれば農作業の人手が不足します。そうすれば彼女達でも農作業の仕事につけるでしょう」
要するに開拓で仕事作り、隠し畑よりも割のいい仕事が発生すればいいのだ。そうすれば危険な隠し畑をやめる。単純な経済原理だ。誰だって、安全で儲かる正業の方がいい。
「開拓する過程で隠し畑が見つかったら、それは村の耕作地に組み込んでしまえばいいんです。ある程度の権利を認めるか、金銭で買い取るかは、その地を差配する教会の方針に任せましょう」
「なるほど・・・」と助祭達もうなずいている。
「問題は、開拓予定地以外の隠し畑です。開拓予定から外れるぐらいだから、元々の土地の生産性が低いか、防衛に不向きな土地のハズです。そんなところで隠し畑など作っても、危険なだけでわりに合うはずがありません。ですが・・・」
「危なくても、食べられないんだから、やるに決まってるじゃない」
「そうだな。サラの言うとおりです。本来なら、その土地で食べられないのだから人を移動させるか、税を減免すべきですが・・・」
と、助祭達を見るが、彼らは頭を振って答えた。
「どちらも難しいでしょう。人は土地を持つ者の財産ですし、税の減免は収入減につながります。教会も貴族も、それは良しとしないでしょう」
結局、人にはできることとできないことがある。都合の良い万能の解決策など、どこにもない。
俺にできるのは、開拓手段を洗練させて成長率を高くし、開拓可能な土地をできるだけ多くすることで、可能な限り隠し畑などの危険な収入に頼らなければならない境遇の人を減らすこと。それだけだ。
「5年間、隠し畑の存在を伏せることはできますか?」
と俺は助祭達に聞いた。彼らは今回のことについて報告書を作成する義務がある。それはニコロ司祭の派閥が進める事業にとって、大きな力となる筈の資料だ。その資料に嘘を書け、と言っているのだから、助祭達は躊躇した。
「・・・何をするつもりですか?」
ミケリーノが、訝しそうに尋ねる。
「帰ったら、少し、ニコロ司祭と話したいことがあります」
明日も18:00と22:00に更新します。




