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第二章 鼠と『鴉』 5


   5


 暗闇の中。少し離れたところに仲間がいる。あっちにもこっちにも。

 仲間。厳密にいうと違う。敵ではないが、つるんでいるわけでもない。たんなる同種の生物であるに過ぎない。

 意味もなく、どたばた走り回りはしない。下にいる人間を刺激するだけだ。

 だから餌がないときはじっとしているか、餌のありそうなところへ移動して餌をあさる。

 そのさい、極力人間には姿を見られたくない。そういうふうにして生きてきた。

 屋根の下では何十人もの人間がひしめき合っている。少し大きめの子供たちだ。なにをしているのかは知らない。しかしあの中に飛び込むのは馬鹿げている。餌はあるかもしれない。しかしそれを確保することは決してできない。人間どもが阻止するからだ。

 人間は自分たちを忌み嫌う。近くに寄っただけで、なにか棒きれで追い回し、たたきつぶすか、手の届かないところに逃げられるまでけっして手をゆるめない。だから人間がひしめき合っているところに、わざわざ顔を出すやつはいない。

 自分もきのうまではそうだった。

 きょうになってから変だ。自分でもよくわからないが、人間のいるところに行きたい気がする。べつにそこに餌があるかどうかということとは無関係に。

 よくわからない感情だ。

 もっともそんなことで悩んだりはしない。本能のままに行動し、危険があればそれを学習するだけだ。だが今、人間に近づいては危険だという学習成果を超える衝動がわき起こっている。

 突如、下から人間たちの叫び声が聞こえた。

「きゃあああああ、ネズミよぉ」

「うわああああ」

「ネズミだ。ネズミだ」

「こっちこないでぇ。やああぁ、どうしてこのネズミこっちに来るの?」

 叫ぶだけでなく、がたがたと立ち上がり、走り回っている。

「きゃあああ、痛い。噛まれたぁ」

「わっ、このネズミ、人間を噛むぞ?」

「潰せ。たたきつぶせ」

 人間たちがなにをいっているかは、さっぱり理解できない。しかしなにか異常なことが起きているのはわかった。

 仲間が下でなにかをやっている。

 自分も下に行きたいと思った。

 人間に追われてもいい。叩かれてもいい。とにかく下に行きたい。

 そしてなぜかこう思った。

 人間を噛みたい。


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