第八章 夢幻魔界とハーメルンの笛吹 6
6
薫子が最寄りの警察署で受けた事情聴取が終わったころ、すでに夜になっていた。刑事はあの黒ずくめのバイクの男はいったい何者だとしつこく聞いたが、知らないと答えた。ただいきなりやってきて、危機的状況にあった薫子を救い出し、追ってきたネズミを焼き払ったとだけ答えた。けっきょく、警察は薫子をただ事件に巻き込まれた一般生徒で、謎のふたり組の顔も見ていないと判断したようだ。
薫子が警察署の外に出ると、目の前に一台のパトカーが止まった。
「乗って。家まで送るわ、薫子さん」
後ろのドアが開くと、長い髪を七色に染めた超絶美女が微笑んだ。
「いえ、けっこうです」
パトカーとはいえ、乗っている人物があまりにもうさんくさい。それにそもそも警察に送ってもらうつもりもなかった。
「いいから乗るの」
そういって、助手席の窓から顔を出したのは、美咲だった。
あっけにとられつつも、薫子は車に乗りこんだ。とりあえずは不審な人物ではないらしい。
「出して」
美女の命令で車を走らせたのは、あの男だった。苦虫を噛み潰したような顔で運転している。
「いったいあたしをどうする……」
口を開いた薫子を、女が制す。
「はじめまして、薫子さん。あたしは、東平安名龍香。いちおう警察内では警視ってことになってる」
隣の女は手を差し出し、半ば強引に薫子の手を握った。
「まあ、あたしは名目上警察内部の人間とはいえ、こいつらは違う。あたしが個人的に集めた。あたしたちの敵は『楽園の種』。薫子さんも今回のことで十分どんなやつらかわかっただろう?」
薫子は頷いた。こいつらのせいで何人もの生徒が死んだ。その中には、はじめて薫子が友達になった七瀬も入っている。
「メンバーはあたしがリーダーで、実動部隊がシン。もうひとり内勤に情報収集担当がいる、アキラっていうのが。他にもいろいろサポートメンバーが何人もいる。ミサはそのひとり」
ミサとは美咲のことらしい。
「そんなことあたしに教えていいわけ?」
「だってもう知っちゃっただろう、『楽園の種』のことを。それに龍王院と鳳凰院は正式に手を結んだ。つまりもうあたしたちは仲間」
「それ正式に聞いてないんだけど」
「じゃあ、確認しな」
薫子はケータイで首領に掛ける。
「龍王院と手を結んだってほんと?」
首領が電話に出るなり聞いた。
『ああ、敵は思った以上に強大らしいからの』
「雇い主は了解しているの?」
『龍王院との提携をいい出したのは三月じゃ』
「東平安名ってひとは信用していいの?」
『かまわん』
薫子はケータイを切った。なんか自分だけが蚊帳の外で、重要なことが勝手に決まっているような気がした。
「あなたが暫定的に仲間だっていうのはわかったけど、……なんの用?」
「べつに。ただの顔見せさ。シンの名前だって知らなかっただろう? ちなみにフルネームは龍王院慎二だけどね」
「なるほどね。それで『楽園の種』ってそもそも何者なの?」
「その正体はあたしにもよくわかってない。とにかく現在の科学力では理解のできない力を使い、世界征服をたくらむ強力な悪の結社ってとこだ。だから強い味方は多ければ多いほどいい」
うさんくさい女だが、力になるなら手を組むことに異存はない。
すでに『楽園の種』は任務を超え、薫子個人にとっても敵だった。自分を洗脳しようとし、自分の身近な命を何人も奪った。それだけで許すことはできない。
「ふん。やっと強大な悪相手に腕が震えると思うと嬉しいよ。まあ、仲間は気にくわないけど、腕の方は確からしいし」
「そういってくれると思ったよ、カオル」
東平安名は変に省略した名前で薫子を呼び捨てにすると、満足げに頷いた。
「知ってるか? 龍王院流と鳳凰院流が手を組んだ場合、過去に敗北したことはないってことを」
東平安名は『楽園の種』との戦いに勝利を確信したとばかりに高笑いした。




