第八章 夢幻魔界とハーメルンの笛吹 5
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『七時のニュースをお伝えします』
テレビの画面で若い女性アナウンサーが厳粛な顔でいった。
『きょう、三時半頃、都内の曙学園高校にネズミの大群が押し寄せ、生徒をかみ殺すという事件が起こりました。犠牲者はただいま確認されている死者だけで十二名であり、現在その身元を確認中です。さらに重軽傷者を合わせると数十人になる見込みです。そしてこの騒動は、突然現れた顔を隠した黒ずくめの男が武装バイクからはなったナパーム弾によって収束を迎えました』
画面では燃えさかる学園のプールが映し出された。
『この謎の男はこの後、やはり顔を隠した黒ずくめの女性を後ろに乗せ、現場から逃げ去りました。一見、事件解決の立役者に見えるこのふたりこそが、ネズミを使ったテロを行った犯人なのではないかという疑問も持たれています』
カメラはバイクで逃走するふたりの後ろ姿をとらえる。
『それでは、今回の事件について動物学、気象学などさまざま自然科学の分野に精通しておられる田宮博士に意見を聞いてみたいと思います。田宮博士、今度の事件についていかが思われるでしょうか?』
女性アナウンサーは、白衣を着た、どことなくアインシュタインを思わせる白髪の老人に話を振った。
『本来ネズミが集団で人間を襲うなどということはあり得ないことです。なぜ、あり得ないことが起こったか。自然の体系がどうしようもなく狂いはじめてきたのでしょう。今の段階では、具体的な原因は断定できません。しかし、温室効果を生み出す過剰な二酸化炭素の蓄積や、それ以外の大気汚染、どうしようもない海洋汚染、土壌の汚染。さらには原発からの放射能漏れなどの事故、あるいは国家間の戦争による自然破壊。地球はもはや末期状況に陥っているのです。そしてそれが気象を狂わせ、生態系をも狂わせている。今度の事件はおそらく氷山の一角でしょう。人間が開発という自然破壊をやめない限り、これからも自然の復讐は何度でも起こるでしょう。それが地球の意志なのです。そう、地球は人類という癌を排除しにかかりだしたのです。それが地球の生き残る最後の手段に他ならないからです。地球は人類を駆逐して、かつての楽園に戻ることを熱望しているのです』
「やれやれ。『楽園の種』の息のかかったマスコミや学者が情報操作に動き出したか」
三月はマンガ喫茶のふたり用個室でテレビを見ながら呟いた。
「それだけ本気ってことでしょう?」
ソファの隣に座っていた桜子がいう。
「まあね。首領もせっかく君たちを送り込んでくれたことだし、もうしばらくいる?」
「もちろん。だってあたしは薫子の役に立ちたいからね」
桜子はぽっと顔を赤らめた。
「ふ~ん。そうなんだ?」
「それにこのまま放っておいたら、薫子があの龍王院のゴリラ男に貞操を奪われちゃうかもしれないしね」
桜子があまり真剣な顔でいうので、三月は笑った。
「笑いごとじゃないわよ。三月さん、あんただって危ないし。っていうか、あんたこそ危ないよ。もろ薫子の好み」
「わかった、わかった。とりあえず、桜子さんは残留させてって首領には頼んでおくよ」
桜子の顔がぱーっと輝いた。
「お願いよ。だってあたし、ネズミの大群のせいで薫子の学校に近づけなくて、あの男が薫子を助けるところを外から眺めてるしかなかったんだもの」
最後は少しすねるようにいったあと、三月を睨んだ。
「それと薫子に手を出したら、ただじゃ置かないからね」
テレビでは田宮が科学者だかカルト宗教の教祖だかわからないような熱弁を続けていた。




