第八章 夢幻魔界とハーメルンの笛吹 3
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慎二の目の前に黒死館が立っていた。
しかしここはもはやべつの世界ではない。やつの研究所の地下だ。炎はもう収まっていたが、まだかすかにやつの手下たちの肉が焼ける匂いが液体燃料の匂いに混じって鼻を突く。
死んでいる。
黒死館の体からは、微弱なものを含め、一切の思念波が出いてない。
「俺が殺す前に、勝手に死にやがって。この早漏野郎が」
慎二は黒死館の顔を思い切りぶん殴った。
頭蓋は砕け、眼球が飛び出す。そのまま糸の切れた操り人形のように床に崩れ去った。
そんなことで気は晴れなかった。マシンガンのように殴り、蹴り、さらに鋼鉄の爪のような指先で筋肉をむしり取った。
「勝手に死ぬな。生き返れ。生き返って俺と勝負しろ、このゾンビ野郎! くそ、くそ、くそ、くそ。とっとと生き返れ。俺に殺させろ。殺させろよぉぉおおおおおおお!」
あっという間に黒死館の死体は無惨な細切れとなった。
落ち着け。冷静になれ。
目をつぶり、深呼吸する。なにをするべきか、見失ってしまったからだ。
まず、ネズミを止めるのがほんとうに不可能なのかどうか調べるべきだ。やつがいっていたのはでたらめかもしれないからだ。
黒死館がいた奥の部屋に入ってみた。ひょっとしてネズミを操る機械かなにかがあるかもしれないと思ったからだ。
だがそこはただのがらんどうだった。
壁を壊そうが、天井をはごうが、なにも出てこない。
慎二のケータイが鳴る。東平安名からだった。
「いったいなにが起こったんだ? わかるように説明してくれ」
『潜りっこはあたしが勝った。やつ自身が入り込めない領域まで潜り込んだからな』
「それで?」
『そこには胎児がいたよ。胎児といっても三歳くらいの女の子だ。よくわからんが、それが黒死館にとってのマリアのイメージだ。これを壊せば、やつの洗脳が解けるかもしれないと思った』
「洗脳? やつはけっきょくマリアに洗脳されていたってわけか?」
『ああ、おそらく黒死館を数段上回るマインドコントローラーだ。サイコポーターとしてもとうぜん上だろう。黒死館が自分の深層意識に張った防御壁を飛び越えることなど、マリアには朝飯前だったんだろう。あたしにはとうてい無理だがな。……黒死館は自分が洗脳されていることすら気づいていなかったってことだ』
「だから、洗脳の元であるマリアのイメージを壊した?」
『ああ、あるいはそれで洗脳が解けるかもしれないと思った。その結果やつはどうなった?』
「死んだ」
『やっぱりな。そうは思っていた』
それは一度洗脳されれば、解除不可能ということか?
いや、黒死館はマリアに直接洗脳された。だが、今回の事件で洗脳を担当したのは黒死館、マリアほどの力はないはず。まだ望みはある。
『そこでネズミを止められそうか?』
「だめだ。やつがいったとおり止められない。現場でなんとかするしかない」
『そうか。とにかく、あたしは限界だ。少し休ませてもらう。学校のことは任せるぞ、シン、美咲の応援に行け。ついでに鳳凰院の女のことも助けてやれ』
「あの女を? なんでだ?」
『鳳凰院とは手を結んだ。仲良くやれ』
冗談じゃねえ。あいつは俺を顔を見るなり殺そうとしたやつだぞ。
慎二は憮然として電話を切ると、倒れている『飛龍』を起こし、乗った。
待ってろ、美咲。
『飛龍』は地上に向けて、階段を高速で駆け上る。
走りながら、無線で美咲に連絡を入れるが応答がない。
まさか死んだんじゃねえだろうな? あの料理のできない戦闘馬鹿。




