第七章 魔剣『伯爵の牙』 4
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「きゃああああああ」
校庭から教室から生徒たちの悲鳴がわき上がった。
正門から、あるいは塀を乗り越えて、黒いネズミの群れがそれこそ雲のように固まって学校に向かってくる。
これがマリア様の力なんだ。
七瀬は仲間とともに保健室の外で窓を見張りながら、そう思った。
疑っていたわけではない。七瀬の教官となった香坂軍曹、そしてその上官である藤枝少尉たちから十分に聞かされていたことだ。
だがこうやってその力をまざまざと見せつけられると、驚愕を通り越し、感動してしまう。
まさに自然の、いや地球の代理人である『楽園の種』のリーダー、マリア様。文明などという小賢しいものを作り上げ、それにあぐらを掻く人類に対し、自然の力を使って警告しようとなさっているのだ。
虐げられた自然界はこれほどまでに怒っていると。
その思いを人類に思い知らせることこそが、地球をふたたび楽園に再生するための第一歩なのだ。
そしてそれは地球の自然を。……動物たちを、植物を、海を、大地を、大気を自由に支配できるマリア様にしかできないこと。
周囲から耳をつんざく悲鳴がさらに高まってきた。耳障りなほど。
少しだけまわりに注意を向けると、校庭にいた生徒たちが必死に校舎の玄関口に殺到している。それこそ我先にと、級友たちを押しのけ、はねとばし、倒れた仲間を踏みつけながら。
そして猛スピードで移動する、黒い絨毯を思わせる群れは、あっという間に学校内に突入する。
黒だかりになった校庭では逃げ遅れた数名の生徒たちが断末魔の悲鳴をあげ、のたうち回っている。白骨になるのは時間の問題だろう。
馬鹿なやつ。地球の再生に目覚め、『楽園の種』のメンバーになればそんな目に合うことはなかったのに。
七瀬はそう思った。
彼らだって地球が絶滅の危機に瀕していることくらいうすうす知っていたはずなのだ。だが、なんの行動も起こさなかった。それは地球の絶滅に力を貸しているのと同じこと。
だからしかたがない。犠牲になることで、人類に警告できるのだから、むしろ本望だろう。
恐怖の悲鳴と断末魔の絶叫は、校舎の中からはっきりと聞こえてきた。
どたどたと階段を駆け上る音。必死で上に逃げているらしい。
なるほど、今ネズミたちは一階の保健室に向かっている。だからしばらくの間は、二階は安全だろう。
だけどそれはつかの間のこと。保健室で事が済めば、藤枝隊長は皆殺しをはじめるはず。そうやってこそ、自然の驚異を世界に訴えることができるのだ。
外からパトカーの音が聞こえた。きっと教師たちが電話で呼んだのだろう。
でもいったい彼らになにができるというのか? ネズミたちを退治したければ、警察ではどうしようもない。それこそ自衛隊でも呼んで、学校ごと焼き払うしか手はないのに。
案の定、警官たちは中にはいることすらできずに、外でマスコミや、野次馬たちに怒鳴りつけることしかできない。
もう、よけいなことを考えるのはよそう。あたしが受けた命令は、薫子が仲間になることを拒否し、窓から逃げようとした場合、今手に持っている拳銃で撃ち殺すこと。
それだけだ。今はそれに徹しよう。
建物の中から、ネズミたちがコンクリートの床を駈ける音が響く。そしてそれは保健室に近づいてきた。
ふと気づくと、自分たちのまわりにもネズミたちが集まっている。
だがまるで安全地帯のように保健室のまわりに円ができ、ネズミたちはその中に入ってこない。とうぜん、自分たちはその円の中にいた。
ネズミたちは異様に興奮した状態で牙を剥き、キーキー叫びながら殺気をまき散らしていたが、七瀬は気にしなかった。
なぜなら彼らは仲間なのだ。『楽園の種』の同じ使命を受けた仲間。彼らがその牙を自分に突きたてることなどあり得ない。
七瀬はそう信じていた。




