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第七章 魔剣『伯爵の牙』 2


   2


 火山の噴火のように飛ぶ炎の固まり。それが四方から慎二を包むように襲った。

 慎二は慌てず巧みなハンドルさばきでバイクを操ってかわす。だが耐火スーツを着ているにもかかわらず、側を通っただけで火傷しそうに熱い。相当の高温であることは間違いない。

「よう、火炎放射器人間、貴様やたらと涼しい顔をしてるが、彩花を殺したことにすこしでも罪の意識を感じてるのか?」

「俺が? 殺したのはおまえだろう? あの女を見捨てて自分ひとり逃げ出してな。俺はもう助かる見込みがないのに苦しんでいたあいつを楽にしてやっただけだぜ」

「黙れ。貴様だ。貴様が焼き殺したんだ。貴様らに狂わされ、車に押しつぶされて、動けない彩花をな」

 中里の台詞は慎二の憎悪の念を燃え上がらせる。

 そうだ。この野郎のおかげで、俺は彩花を車に残して逃げ出す羽目になった。俺にそんななさけねえ真似をさせやがって。こいつだけはどんなことをしてでもぶち殺す。

 慎二は『龍の牙』の引き金を引く。弾は中里の眉間にぶち当たった。耳をつんざく発射音の残響に混じって、甲高い金属音が響く。

 中里の頭はすこし後ろに振れただけで、倒れることすらなかった。ひしゃげた弾丸がころんと床に落ちる。

「全身鋼鉄の塊か? 臆病者のアルマジロが」

 慎二は吐き捨てた。今まで相手にした機械化テロリストたちはここまで頑丈ではなかった。素早い動きで逃げ回るやつはいても、慎二が銃を向けても微動だにしなかったやつはいない。

「おまえの出現によって、装甲のスタンダードが変わったのさ。なにせいいかげんな装甲じゃ、素手の打撃で変形させちまうような男だからな。おかげでこっちは体が重くなっていい迷惑だ」

「じゃあ、これはどうだ?」

 慎二はそのまま『飛龍』を急発進させ、体当たりした。

 人間ではなく、動かない壁に衝突したような衝撃を感じたが、それでも中里は吹っ飛んだ。ビル解体用の鉄球がコンクリートにぶち当たったような音がした。

 中里はコンクリートの壁にめり込んでいる。それから何事もなかったかのように一歩前に踏み出すと、白衣の埃を払った。

「本気で不死身らしいな」

「わかったらあきらめて死ね」

 ふたたび中里の指先から高熱火炎が発せられる。炎は『飛龍』を赤く包んだ。

 慎二はバイクを捨て、飛び降りる。バイクに乗ったままこの攻撃をかわし続けるのは難しい。

「おい、焼きすぎるなよ。中のロケット弾が爆発するぞ。それとも俺と心中でもしたいのか? そういうことは同じ趣味のやつとやれ」

 そうはいったが、『飛龍』はそう簡単には爆発しない。火の海の中を走ってもだいじょうぶなように設計されている。エンジンや燃料、火薬まわりは超高性能の断熱材で守られている上、タイヤやボディも高熱に耐えられるようになっているのだ。とはいえ、あの高熱の炎を浴びせられ続ければ爆発しないとも限らない。この狭い空間で燃料と残りのロケット弾がすべて爆発すれば、相手も死ぬかもしれないが、自分も無事ではいられない。

 もっとも中里は無人の『飛龍』には目もくれず、炎を慎二に向けた。だがそれをかわすことはさほど難しくはない。しょせんは噴出された燃える液体燃料、ボクサーのパンチの方がよほど速い。

「いつまでもちょこまか逃げ回れると思うなよ」

 中里はそういいながら、火炎放射を続ける。慎二はそれをかわし続けたが、気づくとまわりは火の海になっていた。もちろんコンクリートが燃えるわけがないから、噴出された液体燃料が内装材を焼きながら燃え続けているのだろう。

 あたりは液体燃料独特の匂いに混ざって、床の塩化ビニールの溶ける匂いに、死体が焼ける匂いが充満している。戦闘服に仕込んだ圧縮空気のつまった小型タンクからの呼吸に切り替えていなかったら、肺を焼いた上、毒性のガスを吸い込んでのたれ死ぬところだ。

 炎は直接慎二に燃え移ってはいないが、すぐ側で赤く燃えさかっている。

 慎二の戦闘服には耐火耐熱性能もあるがそう長くは持たない。タンクのエアも限りがある。

「なるほど、床が燃え広がって逃げる場所がなくなる。だから、おまえの勝ち。そういいたいわけだな?」

 わずかに残った燃えていない安全地帯に飛び移りながら、慎二はいった。

「そうだろうが。おまえに俺を倒す力はない。逃げる場所もなくなる。どうやって勝てる? いっておくが、この液体燃料が放つ炎はガソリンの炎などよりずっと高温だ。おまえのその服にたとえ耐火性能があろうと、長時間炎の中に立っていられるわけがない」

 中里は手を慎二の方に突きだしていう。今おまえが立っている足下を焼けば、逃げる場所がなくなるといいたげに。

 そして逆にこの男は『飛龍』同様、高温の炎の中でも爆発しないような仕様になっているのだろう。

「くくく、それで勝ったつもりか、鎧で身を固めた臆病者の放火魔のガキめが。おまえのような悪ガキを倒すことなど簡単だ」

 慎二はこともなげにいった。

「どうやってだ? 化け物じみた銃も、バイクでの体当たりも通用しない俺をどうやって倒す? バイクに積んだロケット弾とやらを片っ端からぶち込むか? いっておくが俺の体には大量の液体燃料が詰まっているぞ。そんなことをすれば、この建物ごと吹っ飛ぶかもしれないぜ。俺と心中でもしたいのか?」

「貴様と心中だ? 何度もいわせるなよ。おまえと違って俺はホモの自殺願望者じゃねえ。そもそも貴様ごときを倒すのに、誰がそんな大げさな真似をするか。馬鹿なガキへの体罰は素手に決まってる。ビンタで充分だ」

「ほざけ」

 中里は炎を放った。本気で焼き殺す気になったのだろう。今までで一番火力が強い。

 慎二はその直撃を避け、火の海の上を走った。というより、ほぼ瞬間的に間合いを詰めた。炎をかいくぐり、中里に密着したともいえる。

「お?」

 あまりのスピードで懐に入られた中里は驚愕の表情を浮かべる。しかしまだ余裕があるようだった。

 弾丸すらはじく自分が素手の男に倒されるはずがない。そう信じているらしい。

 だがそれは大きな勘違いだ。

 慎二は右の掌底でフックのように中里の顎を左から打ち抜いた。間髪入れず、左の掌底を右顎にたたき込む。

 一瞬、なにが起こったか理解できない中里はぽかんとしたまま膝を付いた。

「な、……なにをした?」

 頭部に特殊マグナム弾を喰らっても平気だった男がもう立つことができない。

「いくら体を人工的な固い殻で囲ったって、しょせんおまえは人間だってことだ」

「にゃ、にゃにぃ……?」

 もはや中里はろれつが回らなくなっていた。

「今おまえの脳はほんの一瞬の間に、左右に激しく揺れた。どんな堅い装甲で守ろうと、中身の脳はデリケートだってことだよ」

 ボクシングでフックのKO率が高いのは、顎を横から打たれると首を支点にして頭が横に激しく振られるからだ。つまり脳が頭蓋骨の内部にたたき付けられる。

 今慎二は瞬間的に顎を左右に振り抜いた。こうなると頭蓋の内壁はカウンター気味に脳を叩く。脳の受けるダメージは計りしれない。

「どうやって彩花を洗脳した?」

 中里は答えるかわりに、指先を慎二に向けた。

 慎二はそれをはじき飛ばすと、右掌を顔面に浴びせ、そのまま後ろの壁に頭をたたき込んだ。これで中里の脳は、今度は縦に揺れる。しかもそれだけではすまなかった。次の瞬間、慎二の手の平は機械的なバイブレーターのようにコンマ数秒の間に前後に激しく動く。

 その結果、中里の脳は高速で振動する。頭蓋骨の前と後ろの部分になんどもなんどもたたき付けられる。その回数、一秒間に数百回。脳をシェーカーに入れて激しく振ったようなものだ。

 振動で、頭を押しつけたコンクリートの壁が、見る見るひび割れていく。

「龍王院流奥義、砕波さいは。貴様を地獄に送った技の名だ。覚えておけ」

 だがその技名を、中里は聞くことができなかっただろう。うつろな目をし、開いた口からはよだれを垂らしながら床に崩れ落ち、二度と立つことはなかった。

 彩花、とりあえずおまえの仇の片割れは始末したぜ。あと一匹もすぐに送る。待っててくれ。

「カメラで見てるんだろ、黒死館」

 慎二は黒死館が閉じこもっていると思われる部屋に向かっていった。

「今すぐ操っているネズミを止めろ。そうすれば殺さずに捕獲してやる。いろいろ聞きたいこともあるしな」

 もちろん彩花を洗脳した張本人を許す気などあるわけがない。口から出任せだ。ネズミが止まったのを確認したあと、嬲り殺してやる。

 慎二は『飛龍』を起こし、ロケット弾の照準を壁に向ける。

 見えなくても、思念波でやつの位置はわかる。そしてこのロケット弾ならコンクリートの壁くらい簡単にぶち抜く。

『見えているよ、龍王院くん』

 スピーカーから声が発せられた。

『君も想像がつくだろうが、私は中里のように体を装甲で守られてはいない。だからそこから撃たれると、たぶん死ぬだろうね』

「わかっているならこっちの要求を飲んでもらおう。死にたくはないだろう? 俺だって炎の中に長居はしたくない」

『残念だがそれは無理だ』

「なに? 組織の命令に殉じるつもりか? 流行らねえぜ、今どきよ」

『そうじゃない。もうネズミたちはここのコントロールを離れたということだ』

「なんだと?」

『たしかにネズミたちを凶暴化させたのはここでおこなった。ある種の波動がネズミたちを狂わせる。ほんとうは人間を狂わせるつもりで実験をはじめたんだが、反応したのは残念ながらネズミだったわけだ。ひっひっひっ。誤算だったが、泣き言ばかりもいっていられない。だから、それを利用することにしたんだよ。ネズミの大群が学校を襲えばみんなどう思う? 神の警告だと思うだろう? あるいは自然界から人間に対する復讐。もちろんマスコミを煽って宣伝する。それが我々の活動の第一歩……』

「ご託はいい。さっさとネズミを止めろ!」

『だからそれは無理なんだ。考えても見たまえ。ここでできるのはネズミを凶暴化させることだけ。自由自在に操るなんて高度なコントロールはさすがに不可能だ。ネズミが好むべつの波動でおびき寄せたのさ。とうぜん発生源はネズミの向かうところにある』

 つまり電波か音波か知らないが、発生源は学校の中。ネズミはそれめがけて動いているってことか。

「じゃあ、とりあえず凶暴化させるのをやめろ」

『それも無理。とうぜん、学校からはそっちの波動も出ている。それに一度狂わせれば、波動を止めてもネズミが元に戻るには数時間はかかる』

 つまりはここにいても、ネズミは止められない。そしてそれはおそらく嘘ではない。黒死館のいうことは理屈が通っている。

「その波動とかの発生源は!」

 そいつを叩くしかない。今の説明ではそれを壊しても凶暴化はすぐには収まらないらしいが、とりあえずやるしかないだろう。

『藤枝少尉。彼の元にネズミは集まる』

 慎二はヘルメットに装備された無線で、美咲に連絡を入れた。

「美咲。ネズミが向かう先は、藤枝とかいうやつのところだ。そいつを押さえろ。俺もすぐ行く」

 返答がない。聞こえたはずだ。

「どうした? 返答しろ」

『きっとそれどころじゃないんだろう?』

 そのとき異変が起こった。慎二のまわりでまだ燃えさかっていた炎が見る見る鎮火していく。

「な、なんだ? なにをした」

「べつに? 機械を操作して、ほんの一瞬、そこの酸素濃度をゼロにして火を消しただけさ。これじゃあ、出て行くにも出て行けないからね」

 黒死館がスピーカーを通さず直接話しかけた。

 部屋のドアが開き、慎二の前に直接姿を現している。白衣を着た骸骨のような不気味な男だ。

「いい度胸だ」

 慎二は黒死館に銃を向けると、引き金を引こうとした。聞き出すことは聞き出したし、もうこいつのご託に耳を貸す必要はない。

 だが次の瞬間、慎二はべつの場所にいた。なにもない空間。ただひたすら闇が続く空間。

 宇宙?

 いやそんなはずはない。なぜなら慎二は生きている。そして目の前に黒死館がいる。空間に浮かびながら。

「ここはどこだ?」

「深層意識の中だよ。君と私の共用する深層意識のね」

「なんだと?」

「わかりやすくいうと、私と君の脳を直結したわけだ。私は機械化された化け物じゃないが、生まれつき変わった力を持ってね。この中じゃ、君は無力だ。逆に私はなんでもありってことだ。さあて、どんな地獄を味わいたいかね?」

 慎二は『龍の牙』の引き金を引いた。弾は黒死館の体を貫き、大穴を開ける。

 しかし黒死館の体はみるみる再生し、傷ひとつない元の体に戻った。

「いっただろう。ここではなんでもありだって。さあて、どれだけ地獄の拷問に耐えきれるかね? どんなに精神力が強くても無駄だよ。すぐに嫌々どころか、喜んでマリア様に忠誠を誓うようになる。あの虹村のようにね」

「き、貴様……」

「まだわからないのかい? 君は私を追いつめたつもりらしいが、逆だよ。私が君をここにおびき寄せたのさ。一般患者の前で、私の力を見せるわけにはいかないからね。かといって、もう虹村のようにスパイに仕立てるのも無理だろう? 同じ手を使えばとうぜん怪しまれるからね。だから、あっさり殺してやるつもりだったが、君があの包囲網を突破し、素手で中里をすら倒す逸材ならば話はべつだ。ぜひマリア様の兵隊にするべきだろう?」

 黒死館はそういうと、「ひ~ひっひひ」と狂ったように笑った。



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