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第五章 傀儡師と人形 2


   2


「あ」

 パソコンのモニターを睨んでいた緑川晶は、思わず声を上げた。

「どうした、アキラ?」

 デスクでふんぞり返っていた東平安名が、不審げな顔を向ける。

 緑川は、無言で人差し指を立てて、唇に当てる。今、この部屋にはふたりしかいないにも関わらずこの仕草をする。東平安名はその意味を察したのか、無言で緑川の席までやってきた。

 画面に警報が出ている。緑川自身が組んだプログラムによるもので、室内から不審な電波が発せられた場合、パソコンにつないでいる複数の受信機が反応し、盗聴を警告する。つまり、何者かがこの室内に盗聴器を仕掛けたということだ。

 モニターに出ている室内の見取り図上で点滅しているところに、盗聴器が仕掛けられている。そこはなんと東平安名のデスクだった。

 緑川がそれを指さすと、東平安名はあんぐり口を開けた。

 次の瞬間、図面上で点滅していた明かりが消える。

「ど、どういうことだ?」

 東平安名は緑川の耳元でささやいた。

「声を出してもだいじょうぶです。点滅が消えたってことは電波が途絶えたってことですから」

「盗聴器が壊れたってことか?」

「いえ、オフになったんでしょう。外部から無線を使って、スイッチをオンオフできるんですよ」

「つまり、今みたいに怪しまれた場合、スイッチを切って影を潜めるってことか?」

「そうです。それと仕掛けたあと、しばらく眠らせておけばいつ誰が仕掛けたか特定しづらいでしょうしね」

「なるほど、電波が出た状態のまま仕掛ければ、仕掛けた現場を押さえられるかもしれないからな」

「隊長、とにかく、身の回りに盗聴器になりうる見知らぬものがないかどうか確認してください。あたしはここ数日の室内画像をチェックします」

 緑川はそういうと、キーボードを操作した。さらに指紋センサーに指を当て、扱っているのが緑川であることをコンピューターに教える。モニターの画面が分割され、室内の様々な角度から写された映像に切り替わった。

 ここには複数の隠しカメラが仕掛けられ、室内全域の映像を記録する。もっともカメラの位置は緑川と東平安名しか知らない。慎二や、他のメンバーたちにすら秘密だ。

 緑川は、ハードディスクに記録された映像を、高速で逆回ししながらチェックしていく。分割された画面で、高速で動く画面を見ていくのは、目がちかちかする上に、極度の集中力が必要だ。だがそんなことは苦にならない。それも緑川の卓越した能力のひとつだった。

 だが数日分さかのぼっても、怪しい人物の進入や、不審な動きは見つけられなかった。

 もっとも期待していたわけじゃない。なにしろ、部屋を開けた場合、留守中の画像をチェックするのは緑川の日課なのだから、もし怪しい人物が出入りしていれば、とっくにわかっているはず。それに暗証番号の他に、指紋、声紋が登録されていないとこの部屋にたどり着けない。もちろん登録されているのは、メンバーだけだ。

 どうやって、仕掛けたんだろう?

 緑川は、モニターチェックを一旦停止し、考えた。

 可能性はひとつしかなかった。考えたくはないことだが、メンバーの中にスパイがいる。

「あった、これだ」

 東平安名が叫んだ。見ると、一本のボールペンを持っている。

「いつの間にか見知らぬペンがペン立てにささっていた」

「貸してください」

 緑川は東平安名から奪うようにしてペンを取ると、あっという間に分解した。

 紛れもなく盗聴器。それもかなり性能が良さそうだ。予想通り、外部から無線を使ってスイッチを切ったり入れたりできるようになっている。

 ペン立ては机の端の方に置いてある。東平安名になにかを報告する際、机の前に立って何気なくペン型の盗聴器を差し込むことも、メンバーならば可能だろう。

「もう一度、画面をチェックします」

 緑川は、そういうとふたたびモニターを睨む。

 今度は画像を分割せずに、東平安名のデスクが写るカメラに限定した。そのままペン立てをズームアップして解像度を上げる。

 あとは画像を流しながら、こっそりペンを入れた者が誰か、チェックするだけだ。


   *


 慎二はきのう同様、黒死館総合医学研究所の側に車を止めていた。もっともきのうとは違う場所に止めているし、車種も違う。どこにでもある白の小型セダン。服装も普通のサラリーマンのようなグレイのスーツに変装用の眼鏡。目立ちたくはない。

 きのうも怪しまれる行動は極力慎しみたかったのだが、鳳凰院と思われる女のせいで目立ちまくってしまった。周囲を敵が見張っていた可能性がないではない。

 あのあと、地下室に戻り、彩花の血液を検査した結果、結局はただの抗生物質しか検出されなかった。処方された薬もなんの変哲もない薬。体に小型発信器のようなものが取り付けられたかどうかも徹底して調べたが、そんなものはなかった。けっきょく、この研究所の悪事を裏付ける証拠はなにもない。

 だからきょうこそは、なにか起こるのではないかと期待していたが、盗聴器を通して入る音声からは怪しいそぶりはなにも感じられなかった。

 シロか?

 ネットの掲示板に黒死館のURLを乗せたのは、『楽園の種』が自分たちを撹乱する罠だったのかもしれない。あるいは『楽園の種』とは無関係の人間のただの悪戯とか、騒ぎに便乗した黒死館総合医学研究所の宣伝ということも考えられる。

 だがもしそうだとすると、『楽園の種』のほんとうの狙いはいったいなんなんだ?

 あの学園の篠原という教師が死んだことも、頭の片隅に引っかかっていた。妹からの報告によると、自然死を装った暗殺の可能性が高いという。東平安名が警察内に圧を掛けたらしいから、いまごろ検死官が徹底的に検死しているはずだ。

『楽園の種』の計画は、あくまでも都内全般で進んでいることであって、あの学園に限ったことではないはずなのだが、なにか気になる。あの学校にもネズミによる被害があった以上、その篠原がなにかの秘密に気づいて消されたという可能性もゼロではないからだ。

 しかしどうも釈然としない。なにかボタンを掛け違えているような違和感がある。

 敵の戦略、あるいは能力を見誤っているのではないのだろうか?

『問題ないようですね。もう通院の必要はありません』

 盗聴器越しに黒死館の音声が聞こえる。もちろん、それまで洗脳をおこなった様子など感じられなかった。

 彩花が礼をいって診察室を出る。なにも起こらない。

 無駄足だった。東平安名の推理が的はずれだったのか、あるいは黒死館が彩花を怪しんで、しっぽを出さなかったのか?

 念のため、神経をあたり一面に張り巡らせ、かすかにでも怪しい思念波を放っている者がいないかチェックする。もし囮捜査がばれているのだとしたら、帰り際に襲われる可能性もあるからだ。

 だがそんな者は皆無だった。あたりにいるのはどう見ても、ただの通行人ばかり。

 彩花が戻ってきた。

「きょうも怪しいことはなにもなかったわね」

 車に乗り込むなり、つまらなそうにいう。

「尾行はされてないだろうな?」

「もう、誰にいってるのよ。あたしってそんなに間抜け?」

 彩花は助手席でくすっと笑う。

 そう尋ねた慎二にしても、尾行の気配は感じ取れなかった。

 帰って捜査方針を立て直す必要がある。慎二はエンジンをかけ、車を走らせた。

「彩花、おまえ、気づかない間になにかをされた可能性はないのか?」

「ねえ、あたしってそんなに馬鹿に見えるわけ? ショックぅ」

 彩花はすねてみせる。もちろん演技だろう。そんなタマじゃない。

 実際彩花は洗脳や催眠に関しては、慎二よりもはるかに詳しいし、耐性もある。短時間で知らない間に洗脳されているとはとても思えないし、盗聴器から聞こえた音や思念波の変化で判断する限り、そんなことは不可能だった。

 まあ、きのうはあの女が襲いかかってきたせいで数分間、病院の中を探ることができなかったが、あの程度の時間でなにかできるはずもない。

 市街地に出たころ、ケータイが鳴った。自分のと彩花のものがほぼ同時に。彩花のはメール。慎二のは通話だった。

「慎二だ」

『シンか? 友達と話しているふりをしろ。アヤカに悟られるな』

 名乗らないが、声としゃべり方から東平安名であることは間違いない。

「おお、どうした? 俺は今仕事中だ。手早くしてくれ」

『アヤカはスパイだ』

「なにぃ? 馬鹿なこといってんじゃねえ」

 これは演技でもなんでもない。ほんとうに驚愕した。

 左のこめかみにごりっとした感触。真横から銃を突きつけられている。位置的によく見えないため、銃の型は正確に判断できないが、小型のオートマティックのようだ。突きつけているのはもちろん彩花だ。

『室内の隠しカメラに、アヤカが盗聴器をあたしのデスクに仕掛けているところが映っている。間違いない』

 いわれるまでもなく、間違いではないらしい。おそらく、今彩花に届いたメールが、自分を殺せという指令なのだろう。

 洗脳されたっていうのか? いったいいつの間に。

『信じられないが、洗脳されたとしか思えない。相手は相当のやり手だ。……聞いてるのか?』

 おそらくその盗聴器が発見されたことがばれた。彩花が洗脳されたスパイであることがばれたという事実が知られた。つまり、彩花にスパイとしての価値はなくなった。

 だから、せめて敵をひとりでも道連れにしようとしている。

 道はすいていた。前方には交差点、赤信号だ。慎二はアクセルを踏んだ。

「おい、今撃てばおまえも死ぬぞ、彩花」

『なに? どういう状況なんだ、シン?』

「うふふ、かまわないわ」

 受話器越しの東平安名の声と、からかうような彩花の声が重なった。

 次の瞬間、彩花の拳銃は火を噴いた。



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