第三章 龍王院対鳳凰院 2
2
「隊長、情報屋たちの報告によると、ネズミの被害が増えてます」
緑川がパソコンの画面を睨みながらいった。
「ふん、きのう曙学園高校でもネズミ騒ぎが起こったらしいからな。街全体で増えていても不思議はない」
東平安名が面白くなさそうにいう。
「おまえの妹からの情報だよ」
東平安名は慎二の方を見ると、補足した。
あんな馬鹿でも少しは役に立っているらしい。もっとも俺同様、戦闘以外能のないやつで、情報収集は苦手のはずだが、どうやってそんな情報を入手した?
慎二は妹に負けたような気がしてちょっとだけむかついた。
「それで明らかに発病したケースはあるのか?」
東平安名はふたたび緑川に視線を向ける。
「いえ、どれもたいしたことはないようです。せいぜい微熱程度ですね」
いやな予感がする。『楽園の種』の狙いがわからないが、知らない間に取り返しのつかないことになっているのではないか? そんな気がする。
「なあ、ひょっとして新種の細菌兵器だけど、潜伏期間で症状が出ないだけなんじゃねえのか?」
慎二は思いついたことを口にした。
「それはどうですかね? 最初の患者が噛まれてから四日たっていますが、今のところなんの症状も出ていないようです。第一細菌兵器だとしたら、ネズミに噛ませるなんてことをしないで、空気中にばらまくとか、水道水に混入させるとか、もっと有効な作戦をとるはずです」
緑川のいうとおりだった。『楽園の種』がネズミを使って細菌兵器をばらまき、都内の人間を皆殺しにしようとしていると考えるのはどうしても無理がある。それだと効率が悪すぎるのだ。
もっと簡単で効果的な方法がいくらでもあるはずなのに。
「アキラ、おまえはどう思う?」
東平安名が聞いた。
「実験だと思います。ネズミを思うように操る実験。もっといえば、ネズミに人間を襲わせる実験」
「ビンゴ。あたしもそう思う。理由のひとつは間違いなくそれだ」
たしかにネズミが人間に噛みつく事件が続出するのは異常だ。なんらかの操作が行われたと考える方が自然かもしれない。
「だがいったいなんのためにそんなことをやるんだ、警視さんよ?」
「可能性はいくらでもある。たとえば、そういうネズミを大量に作り出してみろ。ちょっとした軍隊になる。しかもそのときこそ、ネズミに細菌を感染させることでその驚異はふくれあがる。だが、それだけのことなのかな?」
東平安名は鷹のような瞳に猜疑の色を浮かべた。
「なにか裏がある。ネズミを操るのは手段で、目的はそう簡単じゃない気がする」
「ネズミを捕まえてみてはどうでしょう? 敵がどうやってネズミを操っているか調べるんです」
緑川が提案した。しかもよけいなことまでいう。
「その曙学園にはネズミに噛まれた生徒が複数いるんでしょう? きっとまだ学校にいますよ、ネズミ。シンさんはどうせ暇だからちょうどいいじゃないですか?」
「ナイスアイデア。さすがアキラだ」
「ちょ、ちょっと待てぇ。俺が学校に乗り込んで、ネズミを捕まえてくるのか? 勘弁してくれ。なんていって俺みたいのが学校の中に乗り込むんだよ?」
「それくらい知恵絞ってなんとかしろよ、シン。おまえは機械化テロリストを追跡して倒す以外に役に立つことはないのか?」
「そうですよ。それくらいのことはやってくださいよ」
女どもは好き勝手なことをほざく。
「とうぶん追いかけっこや戦闘は起きないだろうしな。行ってこい。たまには違うことで役に立て。この契約金泥棒が」
「ほんとですよ。あたしなんか毎日たいへんなんですからね」
えらいいわれようだ。雇い主の東平安名はともかく、同じ雇われ人で年下の緑川にまでこんなことをいわれるとは。
「おまえの化け物めいた不思議な力は相手を追っかけてこそなんぼのものだろう? ネズミ捕まえるにはもってこいだろうが。行け。今すぐ、いや、今夜、行け。そうすりゃ、生徒や教師を気にすることなくネズミ取りに集中できるだろうが。ネズミ捕まえてくるまで戻るな」
東平安名は厳命した。
なにが化け物めいた不思議な力だ。あんたの特殊能力の方がよほど化け物めいているだろうが。
慎二はそう思ったが、そんなことをいってもしょうがない。なにか反論しなくては。
「おい、夜中に、そんな行ったこともないところに忍び込んだって、勝手がわからなくてどうしようも……」
必死でこの馬鹿馬鹿しい仕事から逃れようとしたが無駄だった。
「ちょっと待っててくださいね。今、学校の見取り図をプリントアウトしますから」
緑川は慎二が文句をいう前にすでにプリンターを操作していた。こいつのパソコンの中には主立った公共の建物の図面がセットされているらしい。
やれやれ、龍王院流、次期継承者ともあろう俺が夜中に学校に忍び込んでネズミ退治か? 情けなくて涙が出るぜ。
だが残念ながら、慎二はこの仕事を拒否する言い訳をどうやっても思いつかなかった。




