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「わ、渡してほしいものって何のことですか?」
「あん? そりゃ簡単だよ、お嬢さん。俺たち採掘師が欲しがるものと言えば、魔法石に決まってるだろ?」
「さ、採掘師って……。あなたたちは――」
「その汚い手を放せ、下種野郎」
どうにか声を絞り出して、男性たちの目的を問い質そうとしたそこに、お兄様の鋭い声が割り込んだ。
だけど当然、解放されるわけないわよね。
「おや、お久しぶりですね。隊長さん」
かすかな明かりにお兄様の険しい表情が浮かび上がる。
男性たちは余裕を見せているけれど、わたしを押さえる腕にぐっと力を入れたのがわかった。
でもきっと逃れる隙はあるはず。
その時にちゃんと動けるように、しっかりしていないと。
「お前たちは確か、サントセ村で警備兵に引き渡されたはずだが?」
「はいはい、そうですよ。ですがねえ、どおしても欲しいものがあって、抜け出したんですよ」
「今まで散々好き勝手に森から魔法石を盗み出しているだろうに、まだ何を奪おうというんだ?」
「あの薬だよ。お嬢さんが持っていた、あの赤い粉。魔法石なんだろ?」
「え……」
冷やかに続けられたお兄様と男性との会話。
そこに急に治癒石のことを持ち出されて動揺してしまったわたしとは違って、お兄様は動じた様子もなくふんっと鼻を鳴らした。
「馬鹿を言うな。あれはもう残ってなどいない」
「ははは。隊長さんこそ馬鹿を言わないでくれ。俺は聞いたんだ。あんたらが枕元で話しているのをな。まだ石は残っているのかと心配していたあんたに、このお嬢さんがまだナントカ様に渡す分は残っているから大丈夫って言ってたんだよ」
確かにそんな会話を旅亭での看病中にした覚えはあるわ。
だけどあのときはみんなまだ回復途中で、ぐっすり眠っていると思っていたのに。まさか聞かれていたなんて。
でもこれはひょっとして……。
「あの、どなたかがご病気なのですか? 新たに黒ラド病を発症された方がいるのでしたら――」
「エリカ、心配するな。こいつらは儲けのために石を欲しがっているだけだ」
急いでお薬を飲ませないと、と言いかけてお兄様に否定されてしまった。
そのお兄様の言葉を肯定するかのように、男性たちはにやにや笑っている。
「お嬢さんは本当に優しいねえ。だから傷つけたくはないんだよ」
「そうそう。俺たちの命の恩人だもんな」
この方たちの言っていることも、やっていることもかなり矛盾しているけれど、この理不尽さを責めても仕方ないのでしょうね。
「あれはここにはない。だから取って来なければいけないが、今のようにお前がエリカを押さえていては無理だな」
やれやれとため息混じりに答えたお兄様の視線は、わたしにまっすぐ向けられている。
大丈夫。お兄様がいてくれるだけで心強いもの。
これ以上の失敗はしないわ。
「……あの石はとても大切なものですから、わたし以外誰もわからない場所に隠しております。ですからわたしが取りに行かなければ――」
「俺は別にこのまま一緒について行ってかまわねえよ。お嬢さんの部屋に入れる栄誉にあずかれるなんてそうそうないからな」
わたしの言葉を遮った男性は自分の言葉にくくっと笑って、目の前のナイフを揺らした。
もう一人の男性も一緒になって笑う。
どうしよう。この誤魔化しも通じなかったわ。
だけど笑っていた二人が急にはっとして身構えると同時に、新たな声が割り込んだ。
「――あの薬なら僕が持っているよ」
「誰だっ、てめえは!?」
すぐ近くの暗がりから現れたのは殿下。
突然の殿下の登場に驚いて、男性の一人が上ずった声を上げた。
でも、お兄様は平然としたまま。
「初めまして、ナントカです」
「ああ!? ふざけてんのか!」
「なんだ。これでは通じないのか。では、改めまして、僕はヴィクトル・ケインスタイン。彼女の婚約者です。それで先日、例の薬を彼女からもらったんですよ。彼女は僕のために誤魔化そうとしてくれたみたいですがね」
冗談混じりの自己紹介を終えた殿下は懐を探って革袋を取り出した。
以前指輪を入れていた革袋の中に入っていたのはあの薬包。
殿下が手に持って軽く振ると、薬包はさらさらと音を立てた。
「……たったそれだけか?」
「ええ。彼女は惜しげもなく村の人たちに薬を配ったようですからね」
「くそっ、しけてんな」
「で、それが本物だって証拠は?」
殿下の返答にナイフを持った男性が舌打ちする。
だけど、もう一人の男性が疑わしげな視線を向けると、殿下は肩をすくめた。
そして近くの木に吊るされたランタンの下に立って、そっと包みを開く。
光魔石の明かりに照らされて、治癒石は独特の輝きを放った。
「どうですか? 納得できたのならいいのですが?」
「ああ、間違いないようだな」
「では、彼女を解放してくだされば、これはお渡しします」
「それは無理だな」
「そうですか……」
ふうっと息を吐いて、殿下は薬包を革袋へとしまった。
途端にわたしを押さえる男性の腕に再び強く力が入る。
「おい、どうするつもりだ? 王子様は大切な婚約者がどうなってもいいのか?」
「もちろん、困ります。ですから、取り引きをしましょう。僕がこの革袋をここに吊るして一歩離れるごとに、あなたも彼女から一歩離れてくれませんか?」
「……なるほどな。どうする?」
殿下の提案に、わたしを押さえる男性がもう一人の男性に問いかけた。
わたしと殿下の距離はだいたい五歩。お兄様とは七歩。もう一人の男性とは三歩。
その男性は問いかけに言葉で答える替わりに、ぱっと両手を上げてわたしたちからさらに数歩離れた。
続けてお兄様も後ろに下がる。
その行動を見届けて、殿下はランタンに革袋を引っかけると、首元に下がるあのペンダントを握った。
そしてわたしに視線を据えたまま一歩、ランタンから離れる。
懐を探りながら殿下がさり気なくペンダントを出していたのには気づいていたから、すぐに動けるようにしたいのに。
この男性はとても用心深くてわたしから手を離そうとしない。
右手でナイフ、左手でわたしの腕を掴んだまま男性はランタンに一歩近づいた。
もう一歩。もう一歩遠ざかれば、手が離れるはず。
逸る気持ちを抑えて殿下がまた一歩後退するのを見守る。
続いて男性が前へと足を進めた瞬間、ぐいっと腕を引っ張られてわたしはバランスを崩してしまった。
――転ぶ!
そう思ったときにはわたしはもう殿下に支えられていて、駆け出した男性が掴みかけた革袋は風に吹かれてひらりと浮いた。
そこにお兄様が駆けつけて男性を取り押さえ、浮き上がった革袋はそのまま風にのって殿下の手元に戻る。
「エリカさん、怪我はない?」
「は、はい。大丈夫です。ありがとうございます」
もごもごとお礼を口にしながらも、何が起きたのかさっぱりわからなくて首をひねる。
今の風は魔法? きっとそうよね。
「殿下、あの……すみません。またこんなことになって……」
「いや、今回はさすがにエリカさんのせいではないよ。まさか官庁内の中庭にあんな奴らが入り込むとはね。警備についてもう一度見直すべきだな」
ため息を吐いた殿下の視線を追うと、もう一人の男性も近衛騎士に取り押さえられていた。
彼らがいたなんて全然気付かなかったわ。
「ただ……未婚の女性が夜に一人で庭を散歩するなんて危ないんじゃないかな。せいぜいテラスまでにしておくべきだったね」
「――はい。警備が甘い場合もあると、今日のことでよくわかりました」
「いや……うん。まあ、気をつけてね」
未婚か既婚かがなぜ関係あるのかはわからないけれど、素直に頷くと殿下は疲れたように笑った。
辺りは集まってきた警備兵などで騒然としはじめている。
「くそっ! どういうことだよ! 怪しげな技を使いやがって!」
革袋を持った殿下に向けて、引き立てられていく男性が大声でわめいた。
すると殿下は革袋を軽く揺らしながらにっこり笑う。
「これは大切な僕のお守りだからね。簡単に渡すわけにはいかないんだ」
男性はどうやら共鳴石のことには気づいていないみたい。
ほっと息を吐いたところで、何事かとテラスに出て来ている人たちをかき分けて、リザベルとコレットさんが駆けて来た。
「エリカ!」
「エリカさん!」
「リザベル、コレットさん……」
「もう、本当にあなたは! 今さら何が起きても驚かないけど……とにかく無事でよかったわ」
「二人とも、心配かけてごめんね」
リザベルとコレットさんには謝罪したものの、詳しい事情説明は後回し。
そこからは殿下の婚約者として毅然とした態度で長官たちに対応した。
疲れてはいたけれど、ここでわたしが取り乱したりして殿下に恥をかかせるわけにはいかないもの。
「ありがとう、エリカさん。最後まで付き合ってくれて」
「いいえ。これはわたしが招いたことですから。殿下も……本当にありがとうございました」
「……うん。じゃあ、おやすみ」
「はい。おやすみなさい」
盗掘師の件をひとまず片付けて、部屋まで送ってくれた殿下におやすみの挨拶。
部屋に入ると待っていてくれたマイアたちに手伝ってもらって寝支度を整える。
そしてようやく一人になったところで、ごそごそと化粧箱の底の隠し蓋を開けて、治癒石を取り出した。
手のひらの上で独特の輝きを放つ治癒石を見ていると、疲れも取れていく気がする。
(そういえば、あの薄紅色の魔法石は握れば……)
なんだか治癒石の効果を奪ってしまいそうで、慌てて元の場所へと戻した。
それからベッドに横になって目を閉じる。
遠くにはまだ続く舞踏会の音楽が聞こえて、なんだか不思議な気分。
次第にうとうとしてしまっていたけれど、ふと今夜のことで殿下に伝えていないことを思い出して目を開けた。
(でも、きっと間違えたんだわ……)
あまりに眠くてそれ以上は考えられず、そのまま夢の中へと入ってしまったみたい。
翌朝はとっても幸せな気分で目が覚めたせいで、眠る前のことはすっかり忘れてしまっていた。




