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悪役令嬢、時々本気、のち聖女。  作者: もり


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64

 

 あっという間に碧色の光に包まれて、ふっと一瞬の闇がまぶたの裏を通り過ぎて、そして耳に聞こえたのはコレットさんの震える声。両隣ではお兄様とマイアの驚く声も聞こえる。

 ぱっと目を開けると少しやつれた様子のコレットさんが立っていた。


「エリカさん?」

「コレットさん! 無事だったのね!」


 目の前に立つコレットさんの無事な姿に歓喜の声が上がる。

 安堵と喜びに思わず抱きつこうとして、はっと息をのんだコレットさんは急に後退した。


「ダメです、エリカさん。わたしに触れないで下さい」

「コレットさん、大丈夫よ。わたし、治癒石を持って来たの。これできっとこの村の人達の病気も治せるわ」

「そんな……そんな貴重なものを村の人のために……?」

「何を言っているの? 病気を治すための石なんだから、当たり前でしょう?」


 一緒に森へ行ったコレットさんは治癒石が何か知っているから喜んでくれると思ったのに。

 だけどコレットさんはいきなり涙をぽろぽろとこぼした。

 グレースさん達に責められても、他の人に陰口を叩かれても、いつも毅然としていたコレットさんが泣くなんて。


「大丈夫? やっぱり具合が悪いの?」

「いいえ。そうではないんです。すみません、エリカさん。昨日、叔母が発症してしまって……心細くて……。まさか誰かが――エリカさんが助けに来てくれるなんて思ってもいなかったから……」

「コレットさん……頑張ったのね……」

「エリカ、再会を喜ぶのはあとにして、ひとまず村長に会いに行こう。重病者を優先させるためにも、情報は必要だ」

「あ、……はい。ごめんなさい、コレットさん。申し訳ないけれど叔母様はマイアに任せて、村長さんの所まで連れて行って下さる?」


 お兄様のきびきびした態度に現実を思い出す。

 もっとコレットさんを慰めたいけれど、それよりもしなければいけないことがあるから。

 一旦荷物を置かせてもらって、治癒石をお兄様が持つ。

 そしてコレットさんの病床にある叔母様への挨拶もそこそこに、マイアを残して村長さんのお家へと向かった。


「あの、エリカさん、レオンス様。実は今、ポーラさんと騎士のお二人は村の人達の看病に行って下さっているんです」

「そうなの? それで姿が見えなかったのね」

「ええ。ご自分達が感染してしまう危険を冒してまで何の縁もない村の人達のために……。感染者のいない家庭の多くが扉を閉め切って閉じこもっているというのにです。それで村長もすごく感謝しているのですが……当の村長も今は病床に……」

「それでは村の人達もさぞ不安だろうな」

「はい。数日前に家族で逃げ出そうとした人達もいたんですが、もう街道には警備兵達が派遣されていて、遠くから矢を射かけられたそうです。それで引き返してきましたが……」

「……残念だがそれは仕方ないな。にしたって、名代も今回はずいぶん仕事が早いんだな。エサルドは放置していたのに」


 かすかに苛立ちを滲ませた口調でお兄様が呟く。

 本来ならわたし達もその警備兵達に通してもらえなかったのよね。

 シンにもらった共鳴石のお陰でこうして村に来ることができたけれど。


「エリカさん、ここが村長のお宅です」


 コレットさんの叔母様のお家からほどなく到着した村長のお家は、この辺りでは一番に大きかった。

 だけどノッカーを打ってもなかなか応答がない。

 四度目でようやく出て来てくれた女性――村長の奥様は、お兄様が名乗って事情を説明すると慌てて居間へと通してくれた。

 それなのに三人で放置されたまま、誰も居間にやって来ない。

 その間に治癒石を粉砕して包む。でもちょっと遅すぎない? 押し掛けたお家の居間でかなりの大きな音を立ててるのに。

 待つことに焦れてきた頃になってようやく扉が開いた。


「――母からアンドール侯爵家の方がお見えになったと聞きましたが……あなた方が?」


 居間に入って来たのは四十歳くらいの身なりの良い男性。

 いきなり不躾な視線を向けてくる男性にちょっと怯んでしまう。

 失敗したわ。動きやすさを優先して、今はクラエイの村で着ていた簡素な服だから。

 それに突然侯爵家の人間だと名乗る人物が現れたら、誰だって怪しむわよね。

 でもお兄様は近衛の制服だし、大丈夫なはず。


 その予想通り、お兄様が自己紹介をしてからは、話はどんどん進んだ。

 まあ、少々の……いえ、かなりの説得は必要だったけれど。

 確かにわたしたちは感染しないから大丈夫だと言われても普通は信じられないわよね。

 しかも、薬を持って来ただなんて。

 

 幸い、クレウス川の橋の補修についての噂は流れて来ていたようで、殿下の名前を出すと村長の息子さん――ヤスミンさんはようやく納得してくれた。

 認可証を見せるまでもなく、あの方ならきっと村のためにして下さるのだろうと。

 そして今一番の重症者がいるのは村に一つだけある小さな旅亭だと聞いて立ち上がる。

 すると、ヤスミンさんに止められてしまった。


「お待ちください! まさか、お嬢様までいらっしゃるのですか!?」

「ええ。人手は少しでも多い方がいいでしょう?」

「ですが、あそこは今……病人で溢れかえっています」

「だから行くのよ。大したことはできないけれど、お手伝いしたくてわたしは来たのだから」


 ちょっとそれらしく見えるように袖をまくってみる。

 コレットさんのお母様が家事をなさる時にしていらしたもの。

 さあ、やるわよ! と鼻息荒くしていると、ヤスミンさんはちょっとの沈黙のあと頷いてくれた。


「わかりました。ですが、後悔なされても知りませんよ。侯爵令嬢のあなた様に耐えられるとは思えないですから」


 あら? この言い方……ひょっとして何か怒ってる?

 わたしが興味本位で手伝いを申し出たと思っているのかしら?

 むむむ。でも仕方ないわよね。とにかく頑張るしかないもの。


 そう強く決意したのに、旅亭に着くと思わず足がすくんでしまった。

 何人もの人が食堂の床に直接寝かされている姿を目にして冷や汗が滲む。

 苦しそうにうなされている人達の体には黒ラド病の特徴である黒い斑紋が浮いていて、重症者ほど黒いあざが広がっていた。


「エリカお嬢様! レオンス様!」


 病人の間をぱたぱたと動いていた侍女のポーラがわたし達に気付いて声を上げた。

 やっぱりその姿は酷くやつれていて倒れそうなほど。


「ポーラ、今までありがとう。わたしも手伝うから、できることを教えて。それから、あなたは少し休んで」

「何をおっしゃるのですか! お嬢様がこのような場所にいらっしゃってはなりません!」

「大丈夫よ」


 そこからは軽く押し問答。

 でも結局お兄様に遮られて行動開始。


「エリカ、ひとまず治癒石を飲ませるから、お前は自力で飲める者に水と粉末を渡してくれ」

「はい、お兄様」


 言いつけられた通り、起き上がれる人に粉末と水を渡す。といっても、三人だけですぐに終了。

 他に何かできないかと見ると、お兄様とコレットさんはまだ一人目に治癒石を飲ませていた。

 その方はかなりの重症で自力で飲み下すことができないみたい。

 わかるわ、そのつらさ。


「お兄様、わたしが手伝います。粉薬の飲みにくい気持ちはわかりますから。コツがあるんです」


 コレットさんと交代して、お兄様が支え起こしている方の口に粉末を近づける。

 自分での飲み方はわかるけれど、人に飲ませるのは初めて。

 だからここで水魔法を使ってみることにした。

 細かい粉を水で包んで喉を通りやすくして少しずつ流し込む。

 コレットさんもその方法でポーラと組んで重症者に飲ませて回った。


 それからポーラに休むように言って旅亭を出ると、コレットさんの案内で病人のいる家を訪ねる。

 だけど実はそろそろ限界。殿下には偉そうに言ったのに、水魔法の連続はきつい。

 やっぱり足手まといかもと、平気そうな二人を見て思う。


 それでもきらりと輝く指輪を目にして奮起する。やってみせるって言ったんだもの。頑張らないと。

 足は重たくてもどうにか二人について行っていると、途中で騎士達に合流した。

 二人はわたし達を見てすごく驚いたけれど、深く考えることは諦めたみたい。

 とにかく水魔法を交代してもらえたのは助かったわ。


 やがて発症が確認されている方のお家を全て回ると、一旦旅亭に戻ることにした。

 そこに、マイアが急ぎやって来る。


「エリカお嬢様! コレットさん!」

「マイア、どうしたの!?」

「叔母様に何かあったのですか!?」

「いえ! あ、はい! それが、治癒石を飲んでからしばらくすると、黒い斑紋がどんどん消えていって……熱も下がったんです! 今は落ち着いて眠っていらっしゃるので、早くお知らせしたくて」

「まあ!」

「わ、わたし、ちょっと叔母様の所に戻ります! すみません!」

「ええ、気にしないで!」


 慌てて走り出したコレットさんの背中に声をかける。

 良かった。

 本当はずっと叔母様についていたかったでしょうに、わたし達に付き合ってくれたんだもの。


「治癒石……本物だったんだな」

「お兄様は疑っていらしたんですか?」

「いや、それならここまでエリカが来るのを許していなかったさ。私だって石を飲んだんだ。その効果はなんとなくだが感じていた。だがやはり、心のどこかで信じられなかったんだな」


 お兄様のため息混じりの言葉にわたしも頷く。

 信じてるなんて言いながら、本当にこの病気に効果があるのかどこか心配だったみたい。

 ずるいわね、わたし。


 それから旅亭に戻ると、症状の軽かった人達はずいぶん良くなっていた。

 立ち上がるにはまだ体力がないのかふらふらしてしまっていたけれど、その顔には笑みが浮かんでいる。

 重症だった人も、もうところどころに黒い斑紋があるだけで、意識もしっかりしていた。

 その奇跡を目の当たりにして、みんなが口々に「信じられない」と呟いている。

 そうよね。さっきまであんなに苦しんでいた人達がこうして笑っているなんて。


 次の日には感染者の体から黒い斑紋は全て消え、体力が戻るのを待つだけになった。

 新たな感染者も三人確認されたけれど、すぐに治癒石を飲んでもらい無事に回復。

 村のあちこちで歓喜の声が上がり、喜びはやがて村全体に広がった。


 それからは滞在させてもらっている村長さんのお家に、村の人達が次々に訪ねて来てくれて、たくさんの感謝の言葉を頂いた。

 ヤスミンさんなんて土下座せんばかりの勢いで頭を下げてくれたからびっくり。

 結局わたしに大したことはできなかったのに。

 病気を追い出そうと村中の大掃除がされた時だって、何もできずにうろうろしていただけだし。


 さてと。ヤスミンさんが街道の旗を黒色から黄色に変えて三日。

 明日にはようやく封鎖が解かれて、村の外へと出ることができるのよね。

 荷造りはほとんど必要ないけれど、気になることが一つ。

 最初の発症者である男性三人の問題。

 ふらりと村に現れた三人はすでに体調が悪かったにもかかわらず、病気を隠して旅亭に泊ったそうなのよね。

 どうやらこの男性達は盗掘師らしいことが、持っていた荷物からわかったんですって。

 それで今は騎士達と村の男性が旅亭の一室に拘束して見張っているらしいわ。


「お兄様、あの三人はどうなるのですか?」

「盗掘師か? あいつらは明日には街道を警備している兵に引き渡すことになっている。あいつらは森の怒りを買ったのだと、それで病に感染したのだと、村の人達は早く追い払いたがっているしな」

「そうですか……」

「ところで、エリカ。お前はどうするつもりだ?」

「どうするとは?」

「このままのんびり馬車で帰るのか? それとも、それで殿下の許にひとっ飛びするのか?」

「ひとっ飛びって……。いいえ、馬車でコレットさん達と一緒に帰ります。あまり石に頼り過ぎるのもいけないような気がして……」

「……そうか。まあ、それもそうかもな。帰りは大変だろうが」

「え? 何て言いました?」

「いや、何でもないよ」


 いつもは大声のお兄様の呟きがちゃんと聞こえなくて訊き返したのに、答えてくれないなんて変なの。

 不思議に思いながら、今ではすっかり小さくなってしまった治癒石を確認してから背嚢に戻す。

 これで準備万端。着替えがなくてコレットさんに借りなければならなかったけれど、荷物がない分、一台の馬車で帰れるから良かったわ。

 ちょっと不自由はしたけれど。


 そう思った翌朝、村へ入って来た馬車を見て驚くことになった。

 アンドール侯爵家の家紋が入った馬車が迎えに来てくれたんだもの。びっくりするわよね。

 しかも馬車から降りてきたのはリザベル。


「リザベル! いったいどうして!?」

「もうずっと会っていなかったんだもの。待ち切れなかったのよ。それに、エリカはずっと頑張っていたでしょう? だから……」


 リザベルは一瞬泣きそうな顔をして、それからぎゅっとわたしを抱きしめた。

 思わずわたしも抱き返す。


「エリカ、無事で良かった」


 少し震えているリザベルの声には涙が滲んでいる気がする。

 どうしよう。わたしまで泣いてしまいそう。

 なんとか涙を堪えて、ひとまず村長さんのお家に移る。

 そこでリザベルを紹介して挨拶をすませると、滞在させてもらっているお部屋に戻った。

 お部屋ではリザベルが持って来てくれた荷物からドレスを取り出して、張り切っているマイアとポーラに手伝ってもらって着替える。

 いつもは窮屈だと思うドレスもなんだか嬉しくなってしまう。

 だって、久しぶりのおしゃれだもの。


「――エリカ様、この度は誠にありがとうございました。あなた様がいらっしゃらなければ、この村は多くの犠牲者を出すこととなったでしょう。エリカ様のご慈悲と奇跡のお力によってこの村は救われたのです。我々はこの先、エリカ様とご婚約者でいらっしゃるヴィクトル殿下への今以上の忠誠を誓うことを約束いたします」


 旅立ちの時、村の人達全員が集まってくれての村長さんのお言葉。

 だけどちょっと待って。奇跡のお力って、わたしの力じゃないのよ。

 まあ、確かに封鎖されている村に突然現れて怪しげなお薬を飲ませて回ったのは……うん、やっぱり奇跡みたいね。


 そういうわけで、笑顔で手を振って馬車に乗り込む。

 村の人達の元気な顔を見ることができて、本当に良かった。

 勢いだけでここまで来たけれど、それを認めて助けてくれたお兄様とマイア、そして殿下には感謝してもしきれない。

 こうしてリザベルが来ることも手配してくれたのは殿下らしいもの。


「エリカ、少し疲れているようだけれど、嬉しそうね? 安心したわ」

「ありがとう、リザベル。でもこうして休む間もなくすぐに出発でごめんね」

「いいのよ。わたしは大丈夫だから。エリカは早く帰らないと、この長期休暇の宿題がまだ残っているんでしょう?」


 走り出した馬車の中、リザベルの優しい言葉にほっと一息。

 でもリザベルにとっては、また馬車での旅が始まってしまう。

 その謝罪に、リザベルは温かく微笑んで否定してくれた。

 って、ん?……宿題?




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