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悪役令嬢、時々本気、のち聖女。  作者: もり


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「――賄賂?」

「はい。エサルドの街では何かと賄賂を要求されるって、ジョルジュさんがおっしゃっていました」


 離宮に戻り、リザベルと感動の再会を果たしてから二日後。

 わたしはようやくクラエイの村で聞いた気になる話を殿下に伝えることができた。

 それなのに殿下もマティアスもお兄様も、どうにも反応が薄い。

 三人で顔を見合わせただけで、何か考え込むように黙ってしまった。

 殿下はともかく、マティアスなんてもっと怒りそうなのに。


「賄賂とは……難しい問題だね」

「なぜですか? 賄賂を要求するなんて、悪いことでしょう?」

「もちろんそうだよ。だけど賄賂のやり取りは内密に行われるものだからね。証拠を抑えにくい上に、罰則は領主に任されるんだ」

「まあ、領地でのことは領主に任せるのが常だからな。あいにくエサルドの街は王太子妃殿下の領地だから我々が口を出せる問題ではないな」

「そんな……それじゃあ、みんなが困っているのに何もしないんですか? そんなのおかしいです。誰かの領地で酷いことがあっても、その領主以外にはどうにもできないなんて。領主が酷い人だったら、領民はどうなるんですか?」


 単純なわたしの質問に殿下とマティアスが説明してくれたけれど、そんなの納得できない。

 だって、このまま目をつぶって知らないふりをするの?


「もちろん、国王陛下の名の下に改善命令を出すことはできるし、場合によっては領地の没収だってあり得る。しかしそれも大抵は領民からの陳情書で問題が発覚してからだね」

「陳情書って……それって、もうどうしようもないほどに追い詰められているからでしょう? それまでは放置するってことですか?」

「そうだね。それほどに切羽詰まっている民を前にして、その陳情書は陛下へ届けられる前に政務官、政務次官、政務長官がそれぞれ目を通し、優先順位を決められて振り分けられてしまうんだ。そして陛下が閲読なされた後も、査察官を派遣し調査した上で、裁断が下される」

「何なんですか、それ……」


 わたしの知らない政治の仕組みは、わたしでも呆れてしまうくらいに回りくどくて馬鹿馬鹿しい。

 苦々しい表情の殿下を見れば、同じように考えているのがわかる。

 ううん。きっとわたし以上よ。

 ひょっとしてこんな思いを何度もしてきたのかもしれない。


「何か……何かできるはずです。エサルドの街の行政官達を公に罰することはできなくても、もうこれ以上の要求をさせないことはできるのではないでしょうか?」


 このまま知らなかったふりをして王都に帰るなんてできない。

 その思いのままに問いかけたわたしに、お兄様は首を横に振って応えた。


「エリカの気持ちはわかるが、陳情書が届いたわけでもない。ただの噂に我々ができることはないよ。だが、査察官を派遣するよう父さんに提案してみよう。だからひとまずは王都に戻るべきだ。母さんだってエリカの帰宅を心待ちにしているんだから。そんな母さん達に嘘をついてここまで来たのは何のためだ? 大切な目的があったんだろう?」

「それは……お兄様のおっしゃる通りですが……でも、本当に陳情書は届いていないのでしょうか? だって、クレウス川の橋に関しても報告はなかったんですよね? それって誰かが意図的に隠していたのかもしれないじゃないですか」


 今、こうしている間にギデオン様の病状が悪化しているかもしれない。

 そう思うと不安が押し寄せてくる。

 それでも今回の採掘で手に入れた増魔石は領主である殿下の許可を得て、全てレオンスお兄様が買い取って下さったもの。

 一足先に送った石もそろそろジェラールお兄様に届くはずよ。

 それに治癒石は大切に運んでいるけれど、試しに小さじ一杯分飲むだけは飲んでみたわ。

 すると疲れが取れたみたいに体が軽くなったもの。効果はちゃんとあるのよ。

 だからきっと大丈夫。

 そう自分に言い聞かせて顔を上げると、みんなにじっと見られていて怯んでしまった。

 何? 何なの?


「確かに……話が繋がるな」

「そうだね。橋が流されたせいで、誰もがエサルドへと迂回しなければならなかったんだ。ただでさえ時間的損失を被っているのに、さらに行政処理で時間を取られるわけにはいかないと賄賂を求められれば応えてでも先を急ぐ者は多かったはずだよ」

「では、その金はどこに消えているんだ? 行政官が皆、自分の懐へ入れているとは考えにくい」

「おそらくどこかに――誰かに流れているということでしょうかね」


 殿下やマティアス、お兄様が難しい顔で話し始めたけれど、ちょっと待って。

 わたしも仲間に入れて。

 えっと。要するに、お金を取った悪い人がいっぱいいるってことよね。その人達が、もっと悪い人にお金を渡しているってことでいいのかしら。

 続く殿下達の会話をどうにか理解しようと真剣に聞いていると、それまでずっと黙っていたリザベルが口を開いた。


「差し出がましいことを申しますが……ここであれこれ思案するよりも、実際に街へいらっしゃってご覧になった方が早いのではないでしょうか?」

「実際に? だが、そいつらが俺達の前で尻尾を出すとは思えないがな」


 リザベルの提案にマティアスがすぐに反論する。

 だけどリザベルは気にした様子もなくにっこり笑って頷いた。

 ああ、この笑顔。絶対に何か企んでいるわ。


「それはそうでしょう。ですが、ただの我が儘なお嬢様一行を相手には、存分に本性を現して下さるのではないでしょうか?」

「我が儘なお嬢様って……」

「もちろんエリカよ」

「ですよね」


 満面の笑顔で応えるリザベルはとっても活き活きしていて輝いている。

 よくわからないけれど、楽しそうだからまあいいわ。


「リザベル、どういうことだ?」


 眉を寄せて問いかけたのは、またマティアス。

 って、ちょっと!

 今、リザベルのこと呼び捨てにした? どういうこと?

 答えを求めてリザベルとマティアスの顔を行ったり来たりで見たけれど、何もない。

 殿下もお兄様も特に気にした様子もない。

 ええ? わたしがいない間に何かあったの? 気になるじゃない。

 むむむ。これはあとで要確認ね。


「簡単に申しますと、我が儘なエリカお嬢様の望みを叶えるために、お付きの者達はすぐにお金で解決すると思わせればいいのです」

「だが、ただの下っ端役人を引っかけただけでは何にもならないぞ」

「ええ、当然ですね」

「エサルドは大きな街だから、エリカさんの正体を知っている者がいるかもしれないよ?」

「いいえ。幸いにしてエリカはほとんど顔を知られておりませんもの。それに少し調べましたが、先日の披露パーティーに招待されていた方達は、エサルドには今のところいらっしゃいませんわ」


 自信を持ったリザベルの答えに、殿下もマティアスもついでにお兄様も驚いたみたい。

 ふふん。リザベルはすごいんだから。


「もちろん、殿下のお顔はよく知られていらっしゃるでしょうから、街ではお顔をできるだけお隠しになってエリカとは別行動をして頂かなければなりません。ですが、そちらの方が殿下もご都合がよろしいでしょう?」

「……そうだね。うん、その通りだよ」


 殿下はほんの一瞬考えるように目を伏せたけれど、すぐに顔を上げて頷いた。

 それからにやりとリザベルに笑いかける。


「ところで、リザベルさんは卒業後の進路は決めているの? 政務官を目指したりはしないのかな?」

「まあ、まさかそのように立派なお役目、わたしなどにはとても務まりませんわ。わたしは普通に平凡な結婚を夢見ておりますの。旦那様を陰ながら支えさせて頂いて、少しでもそのお力になれればと思っております」

「……その相手も幸運だね。間違いなく相応の地位を得られるだろうから」


 微笑みながら応えた殿下に、わたしも全面的に同意。

 だけどリザベルの旦那様は誰もが認める素敵な方じゃないと、わたしが許さないんだから。

 そうね、たとえばギデオン様のような方。


 優しくて、格好良くて、頭も良くて、魔法も得意で、真面目なだけじゃなく面白いところもあって、何より妻を大切にしてくれる人。

 それに、毎日「大好きだよ」って愛を囁いてくれて、手を繋いだり、キ、キスしたり!

 って、やっぱりそれはムリー! 恥ずかしするもの!

 キ、キスなんて――。


「エリカ、どうした? 顔が赤いぞ?」

「んなっ! な、ななんでもありません!」

「そうかあ?」


 妄想が暴走して悶えていたところでお兄様に突然声をかけられて大慌て。

 焦って応えたから、変な声が出てしまったわ。

 ううん。それよりも、まさか考えていたことが顔に出ていたりしないわよね?


 優しい笑みを浮かべるリザベルから、おそるおそる殿下へ目を向ける。

 すると、爽やかな笑顔が返ってきた。

 ど、どうしよう。

 わたしの頭の中が洩れてしまっていたのなら、恥ずかし過ぎて立ち直れない。


 それからはしょんぼりおとなしく、みんなの話し合いを聞いていた。

 別にいいもの。殿下にどう思われても。ふん。

 とにかく今は、エサルドの街でのことよ。

 我が儘なお嬢様だなんて素でできそうだけど、久しぶりの大役だもの。

 思う存分やってみせるわ!




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