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悪役令嬢、時々本気、のち聖女。  作者: もり


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 村へ戻った時には、初めて訪れた日よりもさらに賑やかになっていて、お祭り前の高揚感に満ちていた。

 今回の採掘に関しては村長さんに許可を取った以外には知らせていなかったので、大々的な出迎えはないみたい。

 いつもは無事に帰って来ると村中のみんなが出迎えてくれてちょっとしたお祝い行事になるそうなのよね。


「今回も誰ひとり欠けることなく無事に戻って来ることができて幸いだった。では、みんな今日はよく休んでくれ。また明日の午後にうちでな」


 コレットさんのお父様が村に入る前に労いと明日の約束の言葉をかけると、みんなも「お疲れ」「また明日な」と口々に応えて解散となった。

 殿下や騎士の方達は採掘師の方達と肩を叩きあったり握手して別れている。

 これが男の友情ってやつかしら。

 そしてわたしには頷いたり手を振ってくれた。

 みんなコレットさんのお父様ぐらいの年齢の方達ばかりだったけれど、はっきり言ってかっこいい。

 こういうのを渋いって言うのよね。


 わたしも手を振り返して別れると、コレットさんのお家へと向かう。

 宵闇に包まれた村を通り抜け、殿下達とは一本手前の辻で別れてお家へ入ると、コレットさんのご家族からの歓喜に満ちた出迎えを受けた。

 コレットさんのお母様は涙を浮かべてコレットさんを抱きしめている。

 とても心配なさっていたから当然よね。

 わたしもお母様が恋しくなったけれど、がまんがまん。

 お母様はわたしが離宮に滞在していると思っているから、それほどの心配はしていないはずだもの。

 きっと本当のことを知ったらひっくり返るくらい驚くでしょうね。


 旅の埃を落としてすっきりしたところで、遅めの夕食を頂いた。

 久しぶりの家族団らんに加わるのは申し訳ないけれど、コレットさんのお母様の手料理はとっても美味しくて幸せ。

 温かいご飯を食べられるだけでもすごく有り難いことだけどね。

 そしてふかふかのベッド。

 普段当たり前に思っていた便利な生活も、どれだけ恵まれていることなのか今回の旅でよくわかったわ。

 迷惑をかけてばかりのわたしだけれど、いつかきっとみんなの役に立てるようになりたい。

 でもひとまずは明日も繕い物を頑張ろうっと。



   * * *



「出発は明後日ですか?」

「うん。疲れているとは思うけど、離宮までは二日もあれば戻れるから、大丈夫かな?」

「もちろんです。わたしは明日でもかまいませんよ?」


 採掘師の方達との話し合いが終わった後、殿下達と離宮への帰還についての打ち合わせ。

 心配して待っているリザベルには、無事を伝えた手紙を殿下にお願いしてもう出してもらったけれど、それでもあまり離宮を留守にしておくわけにはいかないのに。

 だから出発は明日でもと思ったわたしに、殿下は爽やかに笑って首を振った。

 むむ。この笑顔は要注意だわ。


「本来ならもっと採掘に時間がかかったところを短縮できたんだから、少しでもゆっくりした方がいいよ。無理をしても、あとがつらいからね。それにせっかくの機会だから、明日の前夜祭に参加してみたらどうかな?」

「前夜祭?」

「宿屋の主人に聞いたけど、明日からもう露店が出るらしいよ」

「露店!?」


 ああ、どうしよう。

 前夜祭に露店だなんて、すごくわくわくする言葉。

 どんなことをして、どんなお店が出るのかしら。


「前夜祭とは言っても、露店は朝から並ぶんですよ」

「朝から!?」

「ええ。前夜祭のメインは夜の炎魔石を燃やした炎を囲んでのダンスですけど、露店にはチュロスやリンゴ飴などのお菓子が売られていたり、射的などの娯楽もあったりして、子供でもとても楽しめるんです」

「チュロスやリンゴ飴……」


 わたしの期待に満ちた視線だけの問いかけに答えてくれたコレットさんの言葉に、さらにわたしの期待は高まる。

 チュロスやリンゴ飴がどんなものかはわからないけれど、とっても美味しそう。

 それにシャテキって何かしら?

 やっぱりよくわからないけれど、すごく楽しそう。


 うきうき気分でコレットさんの方へ身を乗り出してさらにお話を聞いていたら、ぷっと吹き出す声がした。

 ええ、わかっているわ。振り向かなくても笑いを必死に堪えているのが殿下だって。

 だから気にしないもの。ふん。

 でもまあ、出発を一日遅らせてくれるから前夜祭には参加できるのよね。

 そのことに関しては感謝してあげてもいいけれど――。


 なんて、高飛車に考えてしまったことを反省。

 殿下にはすごくすごく感謝しているわ。

 だって、お祭りがこんなに楽しいものだったなんて。


 お兄様にお小遣いをもらって大興奮。

 お金を持つのは初体験だもの。

 もちろん無駄遣いはしないわ。


 コレットさんのアドバイスでリンゴ飴は後回し。

 食べるのに時間がかかるからですって。

 だからチュロスのお店へ向かう。


 お店では年配の女性店員さんが何かをうにゅーと絞り出して、大きなお鍋の中に入れた。

 するとじゅわじゅわと音を立てて、白っぽかったものが魔法みたいに茶色に変わっていく。

 香ばしい匂いがし始めたところでお鍋から取り出して、何かの粉をまぶして完成ですって。


 えっと、四〇リトスね。

 提示された金額を払おうとレティキュールの中を探ってみたけれど、見つからない。

 困ったわ。一〇〇〇リトス銀貨五枚とミリトス金貨三枚しかないわ。


「エリカさん、そのお金を渡しておつりを貰えばいいんですよ」

「あっ、なるほど」


 そういえばそうだったわ。

 正等科で習った社会の授業であったわね。

 お店の方に一〇〇〇リトス銀貨を渡すと「あら、大きいねえ」と言いながら、置いていた籠の中から色々な硬貨を出しておつりをくれた。

 手間をかけてしまったのが申し訳なくて「すみません」と呟いてたくさんの硬貨を受け取る。


 うう。レティキュールがずしりと重くなってしまったわ。

 でもついに、念願のチュロスを手に入れることができたもの。

 ところで、これ。どうやって食べるのかしら。

 疑問に思っていると、隣でコレットさんがそのままかぷりとかじりついた。


「え? 今食べるの!?」


 立ったまま? 歩きながら?

 ちょっと驚きすぎたみたいで、コレットさんは顔を赤くして小さく頷いた。


「すみません。お行儀悪いですよね。でも、お祭りの露店で買ったものは大抵みんなこうして歩きながら食べるんです」


 辺りを見回せば、コレットさんの言う通り、みんな歩きながら色々なものを食べている。

 なるほど。これがお祭りの流儀なのね。

 そうよね。お母様も見ていないし、他にもうるさそうなご婦人もいないし、大丈夫そう。

 よし。やってみせるわ!


「美味しい!」

「良かった。お口に合うか少し心配だったから」


 ほっとした様子のコレットさんに感謝の笑みを向けて、でもお口はもぐもぐ。

 もう一度がぶりとしたところで、少し先にいた殿下とばっちり目が合ってしまった。

 よりにもよって、どうして今……。

 いいえ、気にしないわ。だってお祭りだもの。


 もぐもぐしていると、殿下が近づいて来た。

 何か言われるのかと身構えたけれど、殿下もチュロスを一つ買って口へと運ぶ。

 その自然な動作にちょっとびっくり。


「美味しいよね、チュロス」

「……殿下は召し上がったことがあるのですか?」

「王都でも市の立つ日にはチュロスも売られているからね」

「市……」

「王宮から抜け出してたまに行くんだ。まあ、護衛は何人もいるけど……もしエリカさんも興味があるのなら、今度は一緒に行ってみる?」

「是非!」

「それじゃあ、わかっていはいると思うけど、絶対に離れないって約束してくれるかな? 市はいつもよりすごい人だし、はぐれるとまた困ったことになるから」

「もちろんです!」


 わたしが力強く頷くと、殿下は満足げに微笑んだ。

 あら? これは何かの罠?

 でもいいわ。市だなんて、すごく楽しそうだもの。


 それからはなぜか殿下達と一緒に露店を見て回ることになった。

 だからいい加減、隠れているつもりのお兄様も出て来てくれないかしら。

 だけどそれも、シャテキ――射的を始めると我慢できなくなったみたいで、飛んで来たけれど。


「エリカ! 何が欲しいんだ? 取ってやるぞ」

「えっと……じゃあ、あの香袋を」

「よし、任せとけ!」


 初めて弓を引いてみたけれど、ひょろんと飛んだ矢はすぐ手前に落ちてしまった。

 三本とも的にさえ届かないわたしに焦れて、お兄様が鼻息荒く矢をつがえる。

 特に欲しいものがあったわけではないけれど、問われて綺麗な香袋を指すと、お兄様は三本とも香袋の番号が記された的に命中させた。


「お兄様、ありがとうございます」

「エリカのためならお安い御用さ!」


 店主さんから受け取った香袋をお兄様はそのままわたしに差し出してくれた。

 するとラベンダーの香りがふわりと辺りに漂う。

 コレットさんは壁面までは届いたけれど、残念ながら的には当たらず、騎士の一人から何が欲しいか訊ねられている。

 男性陣にとっては簡単だったらしく、三本とも同じ的に当てていた。

 景品をたくさんもらっては悪いからですって。

 そして殿下はとてもとても小さな的を狙って……当てた。三本とも。


「景品は何だったんですか?」


 特賞は〝お楽しみ″だから、何が入っているのか気になるわ。

 わくわくしながら殿下が受け取った箱を覗きこむ。

 すると箱の中で、白色に透明の斑点が入ったハート形の石がきらりと輝いた。


「ハート形の……魔法石?」

「ああ、これは……」


 言いかけて、殿下は箱に一緒に入っていた小さな紙を取り出して目を通した。


「恋が叶う石らしいね。だから、はい。エリカさんにあげるよ」

「え? で、でも……」


 恋が叶うってことは、恋の魔法石ってこと?

 そんな素敵な魔法石があるなんて!

 とても欲しいけれど、貴重なものを頂くのは申し訳ないわ。


 ためらうわたしの後ろでお兄様がぼそりと「なんだ、光魔石の屑石を削ったのか」って呟いた。

 そう言われてみれば、確かに光魔石のように見える。


「ちょっと女の子っぽすぎるし、男の僕が持っていても仕方ないからね。どうぞ」


 なるほど。それなら頂いてもいいかしら。だって、ハート形が可愛いもの。


「では……ありがとうございます、殿下」


 ちょっと意気消沈した様子の店主さんに見送られて、次はリンゴ飴のお店に向かった。

 だけどわたしはひと齧りで降参。

 まさかリンゴ丸ごとだなんて思いもしなかったから。

 パリパリ、シャリシャリな食感は何とも言えず美味しかったけれど、ちょっと歯に引っ付くのが困るわね。

 というわけで残りはお兄様に食べてもらった。


 そして日も暮れて暗闇が辺りを支配し始めた頃。

 村の広場の中心に集められた炎魔石に、村長さんが炎魔法で点火すると、前夜祭も最高潮を迎えた。

 だけどわたし達はここまで。

 炎の周りを踊る村の人達を少しだけ見学して、コレットさんのお家に戻る。

 明日の出発は本祭の始まる前、朝早くに出発だからね。


 ベッドに入ってからは、楽しかった一日のことを思い出して幸せに浸った。

 そういえば、ピーターさんがコレットさんの様子を何度も窺っていたけれど、わたし達に遠慮をしてなのか、結局声はかけてこなかったわね。

 うーん。コレットさんは明日一緒に出発するのに。

 このまま別れていいのかしら。

 それに、わたしもジョルジュさんとピーターさんにお別れは言いたかったわ。


 そこまで考えて、もう一つ大切なことを思い出した。

 そうよ。色々なことがあって、すっかり忘れていたけれど。

 エサルドの街の賄賂の件。殿下に報告しないと!




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