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「エリカさん!」
「エリカ! 殿下!」
わたしが目を開けた瞬間、驚きと喜びの入り混じった悲鳴に近いコレットさんの声がした。
そのすぐあとにはレオンスお兄様。
でもお兄様、殿下って思いっきり呼んでいるわよ。
ランタンの薄明かりの中、みんながわっと駆け寄ってわたし達の無事を喜んでくれた。
コレットさんやお兄様、コレットさんのお父様達の安堵と喜びに輝く顔が見える。
「ごめんなさい、みんな。心配をかけて、迷惑をかけてしまって……」
「いやいや、こうして無事に戻ったんだ。それで何よりだよ」
「ええ。びっくりしたし、心配もしたけれど、すぐに戻って来て下さったんだもの。本当に良かったわ」
「……すぐに?」
お兄様に続いたコレットさんの言葉にちょっと引っかかって、思わず訊き返してしまった。
殿下も騎士達からの喜びの言葉を受けていたけれど、同じように不思議に思ったみたい。
眉を寄せてわたし達へと振り返った。
「あの、すぐというか……」
「でっ…ヴィーがエリカを追って闇に姿を消されてしまってから、我々も後を追おうとしたのです。しかし、あっという間に見失ってしまって、今から二手に分かれて捜索しようと話し合いを始めたところだったんですよ」
「ええ。そうしたところにとても眩しい光が瞬いて……目の前にエリカさん達が立っていらっしゃったので、それはもう驚きました」
コレットさんとお兄様の説明に、みんなもうんうんと頷いている。
わたし達が消えてしまってからそんなことになっていたのね。
心配をかけてしまったことを申し訳なく思いながらも、やっぱり時間的におかしい気がして首をひねった。
だって、わたしと殿下が深淵で過ごした時間はもっと長かったはずよ。
まさか夢だったとか?
急に不安が押し寄せて来たわたしの肩に、大きくて温かい手が触れた。
それから耳元で聞こえた殿下の囁く声。
「大丈夫。夢じゃないから」
はっと振り返った時には、もう殿下はお兄様やコレットさんのお父様達に〝王子殿下″の顔を向けていた。
採掘師の方達が何かに気付いたように目を見張る。
「皆、心配をかけてすまなかった。だが幸いにして、エリカさんは求めていた魔法石を手に入れることができた。ただ詳しい話は後にしたいと思う。皆も十分に石を手に入れることができたようだし、今はひとまず村へと戻ろう」
命令することに慣れた殿下の言葉に、コレットさんのお父様や採掘師の方達も頷いた。
みんなすぐに帰り支度を始めて、また隊列を組む。
ただし今度は最前列を進んでいたコレットさんのお父様達が最後尾について、入れ替わりに最後尾だった採掘師の方二人が先頭に立った。
これは帰るための目印を付けていたのが最後尾のお二人だったからみたい。
わたしもきちんと列に加わったものの、またアレが現れないか心配になってきょろきょろとしてしまっていた。
そんなわたしを見て殿下がくすりと笑う。
「もう出ないと思うよ。シンが言っていただろう? もう森では危険はないって」
「ええ。でも、大抵の人にとってアレは危険なものではないですから……」
「確かにね。だけどおかしいと思わない? こんな暗闇の中で急にアレが目の前に現れたなんて。……実は、森でアレが出るなんて言ったのは嘘だったんだ。だから僕は謝らなければいけない。まさか本当に現れるとは思いもしなかったから。申し訳なかったね」
「……嘘?」
そんな。それじゃあ、やっぱり殿下はわたしをからかっていたってこと?
わたしはあんなに苦労して、克服しようと頑張ったのに?
いいえ、それは別に悪いことじゃないからいいわ。
それに殿下が意地悪だってこれではっきりわかったもの。
謝ったって許さないんだから。
むっとして殿下を睨むと、その顔はとても真剣でからかいの色は見えなかった。
今のは心からの謝罪みたい。
こういうところが訳がわからないのよね。
そりゃ、今までにもたくさん助けてもらったし、深淵ではとても心強かったけれど。
そう思うと途端に腹立ちも治まって、どれだけお世話になったかを思い出した。
「殿下……」
「うん。いいよ、怒って」
「……ありがとうございます」
「は?」
お礼の言葉は予想外だったのか、ぱっとわたしを見た殿下の顔は驚きに満ちていた。
それがなんだかおかしくて、くすくす笑いがまた込み上げる。
「どうぞ好きなだけ笑ってくれていいよ」
わざとらしく拗ねた口調で言う殿下もおかしくて、もう我慢ができなかった。
声を出して笑ってしまったために、コレットさんとお兄様がどうしたのかと振り返る。
何でもないと殿下が手ぶりで示したから、二人ともすぐに前を向いてしまったけれど。
「重いのにずっと持っていて下さってありがとうございます」
殿下の負っている背嚢をちらりと見てお礼の言葉を足す。
すると殿下は納得がいったのか、ああと応えて首を横に振った。
「これくらいはどうってことないから気にしないで。それにこの重みこそが、あれが夢ではなかったと教えてくれているからね」
やがて今夜の野営地が決まりみんなでランタンを囲むと、殿下は深淵でのことを語り始めた。
前もって殿下が簡単に説明すると言ってくれていたので全部お任せ。
正直なところ、わたしでは上手く話せる自信がなかったので、その言葉はとても有り難かった。
「深淵は……想像とは違ってとても明るく、草原のような心地良い場所だった。だが太陽の光ではなかったと思う。そして、そこで一匹の魔獣が深紅の魔法石をエリカさんに差し出したんだ。その後、出口へと導いてくれたのも魔獣だった」
「魔獣が? エリカに?」
すごく掻い摘んだ説明に、お兄様が驚いて問い返した。
他のみんなも眉を寄せている。
まあ、当たり前よね。
でも殿下は冷静に頷いて続けた。
「エリカさんと僕が無事にみんなの許に戻ることができたのは、おそらくエリカさんがこの森に受け入れられているからではないかな。この採掘で魔獣にまったく出くわさないのも、そのお陰ではないかと思うんだ。これは僕の考えだけれど、エリカさんの灯したレンブルの光が魔よけになっているのではないかって」
「確かに……」
「そう言われれば、そうだな」
こうしてわたしを特別な存在のように話すのは、説明しがたいことだから誤魔化しているのかしら。
わたしにとっては恥ずかしいばかりだけれど、みんなは口々に納得の言葉を呟いた。
まさかこんな物語のような話をみんなが素直に信じるなんてびっくり。
でも森をよく知るからこそ、こんな不可解な出来事も受け入れられるのかも。
「ただ、今回の出来事についてはどうかみんなの胸に仕舞っていて欲しいんだ。この奇跡のような出来事で、もし深淵について世間での考えが改まるようなことになれば、森へ多くの者達が押し寄せるだろう。それにエリカさんの身にも危険が及ぶかもしれない」
「ええ。もちろんこのことは口外しない方が良いでしょう」
「当然だな。俺達は森がこんなに甘いものじゃないことは身に沁みている。これが奇跡だってこともよくわかっているんだ」
「ああ。深淵に踏み込んだ仲間が戻って来たことなんて今まで一度もなかった。そしてこの先もきっとないだろう。だから、本当にあなた達が無事で良かったよ」
採掘師の方から向けられた言葉に、わたしと殿下は深く頷いた。
この無謀な採掘に付き合って下さった採掘師の方達、コレットさん、お兄様や騎士のお二人、そして殿下には感謝してもし尽くせない。
今回のことが奇跡だと言うのなら、それは全てみんなのお陰だもの。
ギデオン様のご病気を知ってからずっと望んでいた奇跡。
だけどまさか本当に叶うとは思ってもいなかった。
深淵についてもロンやシンについても、わからないことはたくさんあるけれど、今はこの奇跡を素直に喜ぶことができる。
だから難しいことはあとでいいの。
わたしはもうすぐこの奇跡をみんなの許へ持って帰るんだから。




