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悪役令嬢、時々本気、のち聖女。  作者: もり


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 ロンがぴょんぴょんと先に進み、わたし達があとを追って行く。

 殿下はすたすた歩いているけれど、わたしはちょっと小走りになってしまっていた。

 息切れしているのは運動不足じゃなくて慣れない歩き方をしているから。

 森ではちゃんとみんなについて行けたもの。


 それにしてもロンはあんなに小さな体なのに、どうしてこんなに速いの?

 小さく真っ白な背中を目で追い足で追っていると、繋いだままだった手を殿下が軽く引いた。


「ロン、もう少しゆっくり行ってくれないか? 僕達は花を踏み潰したくないんだ」

『ああ、そりゃ気付かずに悪かったな。人間は足がでかいからな』


 振り返ったロンはすぐそばに咲いていたタンポポをむしゃむしゃと食べながら応えた。

 殿下の気遣いが嬉しくて、ロンの様子がおかしくて、くすくす笑いが込み上げてくる。

 そんなわたしを見下ろして、殿下はわざとらしく片眉を上げた。


「何かおかしなことを言ったかな?」

「い、いいえ。ロンがすごい速さでタンポポを食べているから」

「ああ、確かに」

『ん? うまいぞ?』


 わたし達のやり取りを聞きつけたロンが、まるで勧めるように応えたことでよけいにおかしくなる。

 今度は殿下も笑って、わたしに悪戯っぽい視線を投げた。


「――殿下は意地悪なのか、優しいのか、よくわからなくて困ります」


 ペースを落としてくれたロンに再びついて行きながら、つい洩れてしまった本音。

 強引に引っ張るためにわたしが繋いだ手も、たぶん今はわたしを支えるために繋いでくれている。

 わたしは馬鹿だけれど、この優しい気遣いぐらいはわかるわ。


「……困る必要なんてないよ。エリカさんは僕の意地悪に怒ればいいし、優しさは素直に受け取ればいい。それだけだろ?」


 殿下は穏やかに応えてくれたけれど、前を向いたまま。

 わたしを見ようとしないのは「意地悪」なんて言ってしまったから?

 だけど殿下はいつもわたしをからかうんだもの。そりゃ、厳しく諭してくれる時もあるけれど。


「エリカさん、あの小川の底を見て」


 もやもやする気持ちを抱えたまましばらく歩いていると、殿下の驚いた声がした。

 どうしたのかとすぐ近くを流れる小川を覗きこむ。


「まあ!」


 細く流れる澄んだ水の底には、きらきらと光る石がたくさん散らばっていた。

 水に反射してはっきりとした色合いはわからないけれど、乳白色が多くある中に薄紅色や青色、それに緑色や黄色までが混じっている。


「ああ、それは質の悪い砂利だから気にすんな。森で手に入るものだから大したもんじゃねえよ」


 少し先で立ち止まったロンの説明にびっくり。

 だって「森で手に入るもの」が大したものじゃないなんて、質が悪いだなんて、ここにある石はもっと素晴らしいってことよね?

 ああ、どうしよう。すごく嬉しい。

 これで本物の〝万能薬″を手に入れられたら、ギデオン様のご病気も治すことができるわ。


 あと少しで目的地だとロンに教えてもらい、俄然やる気を出して浮かれた足取りで進む。

 殿下はどう感じているのかわからなかったけれど、しばらくしてふと口を開いた。


「エリカさんは、ギデオンの病気が治ったらどうするの?」

「どうするって……?」

「気持ちを伝えるの?」

「まさか! そんなことできません!」


 殿下の問いかけに慌てて手を振り否定する。

 急に何を言い出すのかしら。

 もう。顔が熱いわ。

 そんなわたしを見て、殿下は不思議そうに首を傾げた。


「どうして? ここまで苦労してギデオンのために治癒石とやらを手に入れて、それで終わり?」

「お、終わりなんかじゃありません! ギデオン様が元気に過ごして下されば、それでいいんです!」

「へえ? じゃあ、ギデオンが元気になって他の女性と結婚してもいいんだね?」

「……え?」

「今はギデオンも侯爵達も病気のせいで考えられないだろうけれど、元気になればいつまでも独り身ではいないだろう? まあ、レルミット侯爵の後継に関しては、オーレリーと譲り合って揉めそうだけど、どちらにしろ領地は十分に相続しているからね」


 思いがけない殿下の言葉に、浮かれていた気分は急降下。

 ギデオン様が元気になることだけを願っていたから、それからのことなんて考えていなかった。

 だけど――。


「わたしはギデオン様がお幸せならそれで……それでいいんです」

「それはまたずいぶん献身的だね。感動するよ」

「ばっ、馬鹿にしないで下さい!」


 そっけない意地悪な言い様にかっとして、わたしは繋いでいた手を振り払った。

 その勢いで革手袋だけが殿下の手に残る。

 殿下はもう何も言わずに手袋を見つめ、沈黙が二人の間に落ちた。


『おい、王子! お前はまたエリカを苛めてんのか!』


 気まずい沈黙を破ったのはいつの間にかそばまで戻って来ていたロン。

 二本足で堂々と立つロンは腰に手を当て殿下を睨みつけている。

 わたしは苛められているわけじゃなく、ただ現実を突きつけられただけ。

 それなのに殿下は釈明もせずに申し訳なさそうにわたしに向けて微笑んだ。


「ごめんね、エリカさん。言い過ぎたよ」

「いいえ、わたしの方こそ――」

『エリカが謝る必要はねえよ! 悪いのは邪魔者のこいつなんだから! さあ、行くぞ!』


 ぷりぷりしながら今度は二本足でどすどす歩いて行くロンの後ろ姿を唖然として見つめていると、隣で殿下が吹き出した。

 もう何が何だかわからない。

 一方的にわたしの味方をするロンに怒ることもなく、殿下は笑いながらわたしの手を取って手袋を返してくれる。


「さあ、またロンが怒り出さないうちに行こう」


 ぼんやりと頷いて手袋をはめ直すと、殿下が先に行くように手ぶりで示す。

 ロンは少し先の大きな樫の木の根元で待っている。

 そこまでのわずかな距離を一人で歩いて向かいながら、後からついて来る殿下が気になってしかたなかった。


 やっぱり殿下は意地悪だわ。でもたまに優しいから混乱してしまう。

 それで殿下といると落ち着かないのよ。次に何を言われるのかわからないんですもの。


『ちょっと待ってろよ。取って来るから』


 またもやもや考えているうちに、気が付けば樫の木の根元に到着していた。

 ロンは一度わたしにしっぽを振ってから小さな穴へ入って行く。

 その白い体が穴の奥へ消えると、どうすればいいのかわからなくて木の周りをうろうろした。

 そんなわたしとは対照的に、殿下は張り出した根にのんびりと腰を下ろす。


 やがて、ずずず、と地面を何かがこする音がしたかと思うと、びっくりするくらい大きくて紅い石が穴から出てきた。

 続いて石を一生懸命に押すロン。

 メロンほどに大きい魔法石を呆気に取られて見ていると、ロンはふうっと一息吐いて満足げに笑った。


『これが治癒石だ。上等なものだからな。人間ふうに説明すると、小さじ一杯分の粉末でどんな病気も怪我も治るぞ』

「ロン! それならこれほどに大きなものは頂けないわ! ほんの少しでいいの」

『そうかあ? たくさんあった方が何かと助かるだろ。それに年に一回、小さじ半杯飲めばどんな病気も予防できるんだから。まあ、ちょっとばかし重いけど持って行けよ。ちょうど荷物持ちもいるんだから』


 ロンは殿下を顎で示してからからと笑った。

 初めて目にする治癒石はロンの瞳と同じようにルビー色に輝いている。

 でもやっぱり申し訳なくて、どうしようとばかりに殿下を見ると、ロンに同意するように頷いた。


「エリカさん、ロンに甘えようよ。さっきの闇の中で背嚢は失くしてしまったけれど、それぐらいの石なら抱えられるし大丈夫だから」

『ああ、背嚢な。それは仲間が拾ってくれてるぞ。ほら』


 殿下の言葉に応えたロンの指す方向に振り向くと、緑黄色の毛をしたキツネ…もどきが背嚢を背負って走って来た。

 丸い耳はとても大きいのに、しっぽが短い。

 タヌキもどきと言う方が正解かも。


『これ、エリカのだよね? どうぞ』

「ありがとう。拾って下さって助かりました」


 差し出してくれた背嚢を受け取りながら、タヌキもどきにお礼を言う。

 するとタヌキもどきはぴんと背筋を伸ばしてから、深くお辞儀をした。


『ダヌギのシンと申します。どうぞよろしく』

「はじめまして、エリカです。この方はヴィー。わたしの……お友達です」

「……よろしく。エリカさんの友達、兼、荷物持ちのヴィーと申します」


 自己紹介をしてくれたシンに殿下を紹介すると、応えて殿下も軽く頭を下げた。

 含んだ言い方の殿下の自己紹介にチクチクと胸が痛む。

 ロンは納得顔でうんうんと頷いているけれど。


『じゃあ、エリカ。次は森にいた仲間の許に戻りたいんだよね?』

「え? ええ……」


 ロンからずしりと重い治癒石を受け取ると、シンがにこにこしながら訊いてきた。

 その碧色の瞳は楽しそうにきらきらしている。

 どうして知っているのか不思議に思いながらも頷くと、シンはペンダントになった碧色の魔法石を差し出してくれた。


『これを身に着けるといいよ。幸い、エリカの仲間の一人が同じ石を持っているようだから』

「……これは?」

『共鳴石だよ』

「共鳴石?」


 初めて聞く石の名前に殿下と声を揃えて訊き返していた。

 綺麗に輝く碧色の石は、コレットさんがペンダントとしていつも身に着けているのと同じもの。

 一度はオーレリーさんが着けていたらしい翠色の盗魔石と間違われて、グレースさん達から責められたりもしたのよね。

 碧色の魔法石の効果はまだわからないってお兄様もおっしゃっていたけれど、共鳴石ってどんな力があるのかしら。


『これはね、石と石が呼び合うんだ。だから、これを握って相手の石を想えば、その場に一瞬で行けるんだよ』

「まあ! まさか……本当に?」

『ああ、本当さ』

「では、コレットさんの許へ戻れるのですね?」

『もちろん。この石を持っているあの女の子が、そのコレットさんとやらなら間違いなくね』

「あの、でも……力を使ってしまうと、灰色に変色して石の力を失ってしまうのでは……?」


 信じられないほどの石の力に驚愕したけれど、ふと魔法石の弱点を思い出した。

 このままわたしの都合で力を使ってしまうとコレットさんとお父様に申し訳ないもの。


『ああ、その心配はいらないよ。人間が嬉々として持って帰っているような、森で手に入る安易な石じゃないからね。そもそも共鳴石は普通森では手に入らないんだよ。だけど、たまにおっちょこちょいのダヌギが森で使った時に落としてしまうんだ。それで極々稀に人間の世界に渡ってしまう。それが今回は幸いしたね』

「……何から何まで、本当にありがとう。ここまでしてもらって、わたし……あなた達に何も返せないわ。……ごめんなさい」


 ちょっと自慢げに胸を張って説明してくれるシンの言葉に納得しつつも、こんなにもお世話になって申し訳なくなってしまった。

 ただ感謝の言葉しか返せないなんて情けない。

 そんなわたしにロンもシンもからからと笑って首や手を振る。


『いいってことよ。気にすんな』

『そうそう。僕達はエリカが存在してくれているだけで嬉しいんだ』

「どうして――」

『さあ、もう帰った方がいい』

『そうだね。別れるのは寂しいけれど、これ以上歪めるのは難しいから。エリカ、石を握って。ヴィーは……仕方ないからこれを君にもあげるよ。もしエリカに何かあったら絶対に助けてあげてよ』


 ロンに促されてわたしの問いは途切れてしまった。

 疑問は残ったけれど、シンに指示されたようにペンダントを握る。

 すると、シンはもう一つの共鳴石を取り出して殿下に渡した。

 それは特に加工はされていないけれど、とても綺麗な碧色に輝いている。


「もちろんだ。ありがとう、シン」


 殿下は力強く頷いて石を受け取った。

 それをロンはちょっと不満そうな顔で見ている。

 ロンも共鳴石が欲しいのかしら。


『まあ、今は一緒に帰った方がいいから、ヴィーはエリカに掴まって。万が一にもはぐれたら困るだろ?』

「そうだね。僕はコレットさんがその石を持っていたなんて知らなかったし、上手くいかないかもしれないからね」


 殿下はシンの指示に頷いてわたしの手を取りしっかりと握った。

 それからロン達にまっすぐ向き直る。


「帰る前に一つだけ、教えてもらっていいかな?」

『なんだ?』

「今まで、何人かの人間が深淵に踏み込んだはずだが、彼らもここへ来たのか?」

『ああ、いや。ここは俺達の安息の地だ。人間を招待したりはしねえよ』

「……そうか」


 それでは彼らはどこへ行ってしまったの?

 その疑問を口にすることはやめておいた。知らない方がいいこともあるって言うもの。


『じゃあ、エリカ。また近いうちに会いに行くよ。でも今度こそ、逃げないでくれよな』

「?……わかったわ」

『気をつけてね、エリカ。まあ、森では危険はないけど』

「……ありがとう、シン。ロンも本当にありがとう!」


 さよならは言わずにお礼だけ。

 そして、頂いた共鳴石と共に殿下の手をぎゅっと握り、コレットさんの首にかかっていたペンダントを想う。

 すると、わたし達を碧色の光がくるり包みこみ、その眩しさに目を閉じた。

 深淵で覚えているのはそこまで。

 次に恐る恐るまぶたを上げた時には、驚いた顔のコレットさんが目の前に立っていた。




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