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悪役令嬢、時々本気、のち聖女。  作者: もり


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 結局、足止めされたのは二日だけだった。

 迂回しても余分に二日はかかっていたらしいから、これで良かったのよ。

 予定では一泊のはずのお屋敷に、三日滞在させてもらって申し訳なかったけれど、リザベルのユニス伯母様にはちょうど良い休息になったみたい。


 そしていよいよ橋を渡る時には、旅亭の奥様やご主人、他にもたくさんの方が遠くからも見送りに来てくれて、ちょっとした式典になってしまった。

 工事に参加したお兄様は「これで百年は流されないぞ」っておっしゃっていたけれど、少なくとも十年は大丈夫よね?

 わざわざ見送りに来てくれた人達に手を振って別れた後は、また馬車に揺られる旅が始まった。


「――エリカさん、リザベルさん、見て下さい!」


 しばらく進んだところでコレットさんの興奮した声が上がる。

 何事かと驚いて急ぎ窓外を見て目を見張った。


「まあ! すごいわねえ」

「ええ、本当に素敵」

「わたしも初めて見ましたが、綺麗ですねえ」


 見渡す限り続くラベンダー畑の美しさに、三人とも感嘆のため息を洩らした。

 まるで紫色の絨毯を敷き詰めたみたい。

 珍しくユニス伯母様も起きて車窓へと身を乗り出して外を眺めている。

 そうしてみんなが噂通りの景色を楽しんでいた時、なぜか馬車が止まった。


「あら、どうしたのかしら?」

「もう休憩?」


 休憩するには早い時間に、不思議に思ってリザベルと顔を見合わせる。

 それから再び馬車はゆっくり進み始めたけれど、馬の蹄の音や車輪の音に混じって人々の歓声が聞こえることに気付いた。


「この先に村があるようね」

「じゃあ、やっぱり休憩するのかしら」

「それにしてもすごい歓声ですねえ。パルサットまではそれほど大きな集落はないはずですが……」


 お行儀が悪いので窓から離れ、真っ直ぐに座り直したので外の様子はわからない。

 だけど確かに今まで通って来たどの村よりも街よりも出迎えの歓声が大きい気がするわ。

 なんだか緊張して、鏡を取り出しチェック。――するつもりが、薄暗くてよく見えない。

 レンブルで小さな明かりを灯し、改めてチェック。

 アイラインも口紅も滲んでいない。うん、大丈夫。


 そこで馬車が完全に止まり、外からドアがノックされた。

 それを合図に開かれたドアの向こうに立っていたのは殿下。


「すごい歓迎ぶりだよ。みんなエリカさんを一目見たいと集まったらしい」


 いつもの爽やかな笑顔で殿下が手を差し伸べる。

 また意地悪を言っているんだわと余裕の笑みを返し、その手を取ってゆっくり馬車から降りた。

 でも踏み台に一歩足を下ろした瞬間、さらに歓声が大きくなってびっくり。

 なんでこんなに人がいるの?


「どうやら近隣の村からも駆けつけたらしいね。手を振ってあげたらみんな喜ぶよ」


 殿下に言われるままに手を振ると、歓声はさらに大きくなった。

 今までの出迎えは温かいものだったけれど、これは熱狂的と言ってもいいほどだわ。


「どうして……?」

「噂は風よりも早いと言うけれど、本当だね。この辺りの人達にとってあの橋は無くてはならないものだったんだよ。だからお礼の意味も込めてエリカさんを歓迎したかったらしい」

「でしたら、この歓迎はわたしではなく、殿下でしょう? わたしは何もしていませんもの」

「いいや。みんなエリカさんのお陰だと知っているんだよ。エリカさんの言う〝我が儘″のお陰だってね。きっと発信源はあのおかみさんだろう」


 殿下とこそこそ話しているうちに村長さんらしき男性が現れ、深く頭を下げた。

 そこからはお決まりの簡単な歓迎式典。

 だけど、なんて言うか……力の入れようが違う感じ? もちろん今までの街でもみなさん心から歓迎してくれていたんだけれど。

 そして小さな女の子が腕いっぱいに抱えたラベンダーの花束をくれた。

 この村全体がラベンダーの香りに包まれているけれど、やっぱり香りの良い花束を頂けるのは嬉しい。


「……嬉しそうだね。この道中でも花束は何度も貰ったのに」

「何度頂いても、嬉しいものは嬉しいですわ」


 これはあとで馬車に持って入って香りを楽しまなくちゃ。

 それから乾燥させてドライフラワーとして楽しむのもいいし、ポプリにするのもいいかも。


「花を贈るのは迷惑かと思っていたよ」

「え?」

「いや、……嫌いな花とかはあるの?」

「嫌いというか……薔薇は苦手です」

「それは……どうして?」

「どうしてかは……」


 そういえば、どうして苦手なのかしら。香りは平気なのよ。ただあまり目にしたくないだけで……。


「薔薇が苦手なんて大変だね。貰う機会も多いだろうに」

「それが今回の旅でこんなにたくさん頂くまでは、お花を頂く機会もほとんどありませんでしたから」

「意外だな。あまり花を貰ったことがないなんて。覚えていないだけとかではなく?」

「いいえ。それは……もちろん頂いたことはあります。ギデオン様から誕生日にわたしの好きなフリージアの花束を」

「ああ、なるほど。良かったね」


 殿下は軽く頷くと、わたしから手を離してマティアスの方へと行ってしまった。

 わたしも休憩所代わりに提供してくれたお家に後から入ってきたリザベル達と合流して、居心地の良いソファに落ち着く。


「あら、このお茶、香りが良いのはもちろんだけれど、思ったよりさっぱりしているわ。ミントも入っているのかしら? すごく美味しい」

「このラベンダージャムもとっても美味しいです!」


 さっきまでは景色に感動していたのに、今はすっかりお茶とお菓子に心を奪われている。

 そんなわたし達と比べて、男性陣は目の前のお菓子に手をつけずに何事かを話し合っているみたい。

 もったいないわ。いらないのなら、わたし達が頂いてもいいかしら……?

 なんて見ていたら、殿下と目が合ってしまった。


「どうぞ」

「あ、いえ、そんな……」

「僕達は甘いものはあまり食べないから、お茶だけで十分」

「……では、お言葉に甘えまして」


 差し出された菓子皿を受け取って、遠慮なく頂く。

 うん、美味しい。

 幸せを満喫したところで、そろそろ出発。


 それからは、お昼休憩を含めて三回も休憩を挟み、その度に人々に大歓迎された。

 そして――。


「ねえ、この声、ひょっとして……」

「まさか、街はまだ先でしょう?」

「ですが……ほら、「エリカ様」って聞こえます」

「ええ?」

「あ、ほら。また「エリカ様、万歳!」って」

「えええ……」


 窓の外を覗き見ることはできないけれど、確かにそう聞こえる気がするわ。

 これはひょっとしなくても、街道沿いに人が集まっているのかも。

 どうしよう。また緊張してきた。鏡を持つ手が震えるわ。


「エリカ、心配しなくてもあなたはとっても綺麗よ。だから堂々としていればいいの」

「そうですよ。殿下もいらっしゃるのですから。素敵なお二人を目にして、皆さん喜ぶに決まってます」

「……ありがとう。頑張るわ」


 リザベルとコレットさんの励ましにどうにか応えたところで馬車が止まった。

 大丈夫。もう引っ込み思案のエリカじゃないのよ。わたしはヴィクトル殿下の婚約者なんだから。

 さあ、やってみせるわ! とドアを見つめていると、リザベルから「笑顔! 笑顔!」との小さな声が聞こえた。

 慌てて笑顔を作り、ドアが開かれるのを待つ。

 いつもより少し時間をおいて、姿を現した殿下は気遣うような笑みを浮かべていた。


「大丈夫? 覚悟はできてる?」


 その言葉に戸惑いながらも馬車から顔を出すと、空からたくさんの花が降ってきた。

 それは街の人達からの歓迎の印。

 階上から放たれた花々で、辺りは芳しい香りに満たされている。


「たとえ王族を迎えるにしても、これほどの歓迎を僕は見たことがないな」


 小さく笑う殿下の声に我に返ったものの、どうすればいいのかわからなくて、ただただ笑って手を振るしかなかった。

 大きな歓声は殿下とわたしを讃えるもの。

 どうしよう。

 ラベンダー畑を見たかったのは本当で、街の人達の助けになればと思ったのも本当。

 みんなが喜んでくれているのも嬉しい。

 だけど、やっぱりどうしよう。

 なんだかもう、後戻りできない気がするわ。




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