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悪役令嬢、時々本気、のち聖女。  作者: もり


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「エリカちゃん――いや、エリカ様。ご婚約、おめでとうございます」


 いつもと変わらず優しい笑顔を浮かべて、ギデオン様はお祝いの言葉を下さった。

 思わず殿下の腕に添えていた手を引こうとして、その手に殿下の手が重ねられる。


「ヴィクトル殿下、お久しぶりです。この度は誠におめでとうございます」

「ありがとう、ギデオン」


 続いたギデオン様の祝辞に殿下が鷹揚に頷いて応え、わたしも遅ればせながら笑顔を取り繕いお礼を言う。


「ギデオン様、ありがとうございます。でもどうか、わたしのことは今まで通りに呼んで下さい」

「いいえ。エリカ様は妃殿下になられるのですから、そのようなわけにはまいりません。ですが、少し寂しいですね」


 穏やかなギデオン様の言葉にもう何も返せなくて、わたしは頷くことしかできなかった。

 大丈夫だと思ったのに。

 ギデオン様にお会いするのが怖くて、あの日からずっと研究室にも行けなかった。

 だからこの胸の痛みを忘れていた。

 今のわたしは上手く笑えている自信がない。


 殿下はそんなわたしの手を励ますようにぎゅっと握って、それからジェラールお兄様と二言、三言交わすとその場から離れた。

 そしてわたしを連れて行ったのは広間の隅にある目立たない場所。


「大丈夫? 何か飲み物を持ってこようか?」


 さりげない殿下の気遣いが今のわたしにはつらい。

 殿下にここまでしてもらえるほどのことを、わたしは何もできていないのに。


「いいえ……。あの、申し訳ありません」

「うん? 何を謝ることがあった?」

「その……上手くできなくて……」

「いや、エリカさんは上手くやっているよ。誰もこれが偽りの婚約だとは気付かないくらいにね。ただ、ギデオンは……」


 そこまで言いかけて、殿下は少し眉を寄せたまま黙り込んでしまった。

 やっぱり何かまずいことがあったんだわ。


「殿下?」

「ああ、ごめん。……エリカさんは本当にいいのかと思って」

「何のことですか?」

「十日後にはアーグレイ離宮へ出発するけど、大丈夫?」

「――はい。もちろんです」


 不安に思っていたことと全然違う話題に拍子抜け。

 だけどこれは殿下の優しさのような気がして、笑顔で頷いた。

 すると、返ってきたのも爽やかな笑顔。


「そうか……。でもね、ひとつ忠告するのを忘れていたんだけど……」

「何ですか?」

「うん。森にはアレが出るよ?」

「アレ?」

「そう、アレ。エリカさんの苦手なやつ」

「っ、そんな!」


 まさか暗黒の森にアレが出るなんて!

 そんなこと本には書いていなかったのに?

 いいえ。たとえアレが出るのだとしても、ここまできて引くわけにはいかないわ。


「……わかりました。ご忠告感謝いたします。でも大丈夫です」

「本当に?」

「ええ。出発まで十日ありますもの。それまでに克服してみせますわ!」

「……そう。まあ、頑張ってね」


 そう励ましてくれた殿下の顔はとても意地悪で、なぜかわたしはほっとしてしまった。

 だってこれが殿下よね? 


「安心しました」

「何が?」

「最近の殿下はいつもと様子が少し違ったので」

「違うって、どんなふうに?」

「なんて言うか……今日はとても優しかったですし……」

「ええ? 優しくして心配されるなんてショックだな」


 くすくす笑う殿下につられて、わたしも笑った。

 いつの間にか、先ほどまでの胸の痛みが和らいで楽になっている。

 良かった。いつもの殿下で。


 王宮からの帰りの馬車ではすっかり疲れてしまっていたけれど、上出来だったとお母様からも褒めれてちょっと満足。

 わたしだってやればできるのよ。

 だから、アレの克服だって頑張ってみせるわ。

 まずは図鑑を読み込んで弱点を知ることね。


 でも、どうして殿下はわたしがアレを苦手だって知っていたのかしら?

 ふと疑問に思って首をひねる。

 ああ、そうだわ。きっと先日学院で大騒ぎしてしまったせいね。

 自己解決したところで屋敷に到着。

 とりあえず今日はお風呂に入って寝ようっと。努力は明日から。



   * * *



「ええ? 森にはいないの?」

「いえ、いないのかどうかははっきりわかりませんが、わたしは聞いたことがないです。父も気にしていないだけで、ひょっとしているのかもしれませんし……」

「そうよね……」


 もしいないのなら、わたしのあの十日間の努力は何だったの?

 最初は図鑑に載っている絵を見るだけでもつらかったのに。

 まあ、いないならその方がいいのだけれど。


「またからかわれたのかしら……」

「気になるのなら、殿下に訊ねてみれば?」

「ううん。なんだか悔しいからいいわ」


 予定通り婚約披露パーティーから十日後に出発して五日。

 わたしたちは順調に離宮までの行程を進んでいるらしい。

 あと四日で到着予定だけど、今はお昼休憩中。

 殿下とマティアスはお昼を食べるとすぐにレオンスお兄様と一緒にどこかへ行ってしまって、リザベルと付き添いのユニス伯母様、そしてコレットさんとわたしはお茶を飲んでゆっくりしている。

 だけどそろそろ手持ち無沙汰だわ。


「……まだ出発しないのかしら?」

「そうねえ。いつもなら出発している頃よね……」


 立ち上がって休憩所代わりに貸し切った旅亭の二階の窓から外の様子を見ても、まだ出発の気配もない。


「きっと、明日からの行程を変更なされるようにと、名代様の使者がいらっしゃっているのですよ」

「あら、どうして?」


 新しいお茶を持って来てくれたこの旅亭の奥様が教えてくれたのは驚きの情報。

 疑問を投げかけたのはリザベルで、ユニス伯母様は揺り椅子に移ってうとうとし始めている。


「おそらくご一行はパルサットに向かう街道をお通りになって離宮へいらっしゃるご予定だったのでしょうが、残念ながらクレウス川に架かる橋が今は流されてしまって渡ることができないのでございます。それで名代様は迂回路にエサルドへ向かう街道をお通りになられるようにとお伝えにいらっしゃったのでございますよ」

「まあ! 橋が流されてしまうなんて、街の人達も大変でしょうに……。酷い嵐でもあったの?」

「いえいえ、ただの春嵐で発生した鉄砲水のせいでございます。それも例年のことで、あたし達は慣れていますから。お気遣い頂き、ありがとうございます。お嬢様はとてもお優しいお方でいらっしゃいますね」

「え? いえ、そんなことは……」

「ただねえ、今までなら橋が流されてしまうことなどなかったのですが、あの橋はこの一年半で三回も流されてしまっているのですよ」

「一年半で三回? それは異常ね……」


 優しいなんて褒められて、お世辞とはわかっていても嬉しくてもごもご応えているうちに奥様のお話は続いた。

 その内容は忌々しき事態で、リザベルと顔を見合わせる。

 すると、コレットさんが遠慮がちに口を開いた。


「わたしが春に学院へ向かう時には、橋は架かっていたのですけど、新しいわりにずいぶん軋むなと不安に思ったことを覚えています」

「……手抜き工事だったのかしら?」

「あら、それでは監督者である領主……ここは王太子殿下のご領地だから、その名代の責任だわ」


 もし本当に手抜き工事なら、リザベルの言う通りだわ。

 確か、街へと続く主要な道は領主がしっかり管理して、人と物が滞らないようにしないといけないのよ。だから整備にはある程度の補助が国庫から出るって習ったばかりだもの。


「前任者のバルドー様が治めて下さっていた時には一度も橋が流されることはなかったのです。それがバルドー様がお体を悪くなされて今のシビス様が着任なされてからはまだ二年ほどですのに……」


 奥様は言葉を濁したけれど、言いたいことはわかるわ。

 リザベルもコレットさんも同じ考えみたい。

 それにしても橋が流されたと何度も国へ報告して咎められないのかしら?


「それでは、今はパルサットの街へはどうやって行くの? 川はまだ渡れないのに」

「はい。橋の復旧は流されてから今まで放ったらかしで、エサルド方面へ迂回するしかないのですよ。そんな調子ですから、パルサットはここ一年でずいぶん寂れてしまいました。それが二十日ほど前から急に橋の復旧工事が始まって、いったいどうしたのかと思っていたら、ヴィクトル殿下ご一行がアーグレイ離宮にいらっしゃると……。なるほどなあ、とみんな納得していたのですが、結局は間に合わなかったみたいですねえ。シビス様は体面を保てずいい気味ですよ。……あ、申し訳ございません」

「いいえ、いいのよ。だけど、それではわたし達が迂回してしまうと、また橋の復旧工事がおざなりなってしまうかもしれないわね……」


 この五日間、どの街でも村でも婚約のお祝いムードで歓迎されて、嬉しいような申し訳ないような気持ちでいっぱいだった。

 今だってそうだわ。

 この村を休憩場所に選んで下さり光栄ですって、村長さんが挨拶をされて、小さな女の子に花束までもらったのよ。

 わたしはみんなを騙しているのに。

 だからせめて何かの役に立ちたい。


「ちょっと殿下に報告してくるわ」

「え? 今からですか?」


 使命に燃えたわたしの宣言にコレットさんが驚きの声を上げた。

 わたしの行動は我が儘かもしれない。

 だけど我が儘は悪女の特権だもの。




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