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悪役令嬢、時々本気、のち聖女。  作者: もり


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「あら、みなさまお揃いで、どうかなされたの?」


 一人一人をじっくり見つめながら、ゆっくりとした口調で問いかける。

 口元には笑みを作っているけれど、目は細めているだけ。これが一番迫力のある顔だって、散々リザベルに指導されたんだから。


 ケンカは先手必勝。相手に隙なんて見せないわ。

 本当に本当は、足はがくがく震えていて心臓は飛び出しそうなほどに勢いよく打っているけれど、こんな卑怯な相手には負けたくない。

 さあ、やれるものならやってみなさい、とばかりに胸の前で腕を組んでちょっとだけ首を傾げる。

 今朝はいつもより気合を入れてお化粧したから、目力もばっちりよ。


 わたしの気迫が伝わったのか、中心にいたグレースさんが一歩二歩と後退してロレーヌさんにぶつかった。

 そのロレーヌさんに支えられて、グレースさんははっと表情を引き締める。

 ああ、なるほどね。


「エ、エリカさん、わたし達、あなたに訊きたいことがあるの」

「どうぞ?」

「え? あ、ええ……」


 怯むこともなくあっさり強気で促すと、逆にグレースさんが怯んだ。

 どんくさい子ね、という苛立ちをぎりぎりのところで抑えていますアピールで、ため息も吐く。


「あの、えっと、だから……」

「――レルミットさんは、グレースさんの婚約者ですのよ? それなのに、これ見よがしにレルミットさんと仲良くなさるなんて、どういうおつもりなの?」


 焦るグレースさんはますます口ごもってしまって、言葉が出てこない。

 それで痺れを切らしたのか、ロレーヌさんが割って入った。

 黒幕としては失格ね。正体を現すのが早いわよ。


「あら、オーレリーさんがグレースさんと婚約されていたなんて知らなかったわ。いつ正式になされたの? おめでとう、グレースさん」

「あ、い、いえ……まだ正式にしたわけでは……」

「まあ! 正式ではないのに、婚約者を名乗っていらっしゃるの? それはずいぶん大胆ね!」

「い、いえ……わたしが名乗っているわけでは……」


 わざと大げさに驚いてみせると、グレースさんは真っ赤になって俯いた。

 後ろに並んだ名前も知らない子達が今のやり取りにざわめいている。

 みんなオーレリーさんとグレースさんが正式に婚約した仲だと思っていたみたいね。

 わたしもリザベルに聞いていたから知っていただけだし、貴族士族でもない子達が貴族の婚約話を知ることは難しいもの。


「それで、グレースさんは、わたしがオーレリーさんと仲良くするのが嫌というわけ? そのことを言うためにわざわざこんな場を設けたの?」

「それは……」


 呆れと少しの嘲笑を滲ませて問いかけながら、もう一度一人一人の顔を見ていく。

 すると、グレースさんだけでなく、みんなが明らかに顔色を悪くして目を逸らした。

 確かに威嚇はしているけれど、そこまで怯えなくてもいいじゃない。

 こんなに弱気な子ばかりなら、いくら人数が多くても意味がないのに。

 みんな断れなかったのかしら。

 面倒よね。こういう女子の連帯感。


 きっとグレースさんにとってわたしは好きな人を奪おうとする悪役で、みんなは正義の味方なんだわ。

 そう思うと急に力が抜けて、怒りがしぼんでいった。

 わたしだって、もしギデオン様に親しい女友達がいたとしたら、心穏やかではいられないに決まっているもの。それどころか、嫌なところばかり見つけて意地悪な気持ちになるかも。


 このやり方には腹が立つけれど、やっぱり恋は人を愚かにするみたいだから。

 怒りに任せてこのまま悪役を演じても、すっきりするのは今だけよね。

 みんなはわたしに反感を持つでしょうし、またお母様達に迷惑をかけてしまうわ。

 何よりも、わたしがなりたかったのはこんな悪役じゃない。リザベルが描いた〝イザベラ″は恋敵には厳しくても、普段は魅力溢れる女性なんだから。

 今ここでちゃんと誤解を正してみんなにわかってもらわないと。

 ここにはもう、フェリシテさんはいない。だからフェリシテさんが作り上げてしまった悪役ももういないのよ。


「ねえ、この際だからはっきりさせておくけれど、わたしとオーレリーさんはただの友達なの。このクラスのジェレミーも仲の良い友達だし、ノエル先輩だってそう。変な噂が流れてしまったのは意図的に歪められたものであって、わたしは男性の心を弄んでいるわけじゃないわ。もちろん、世間では未婚の男女が親しくすることを快く思わない人もいるけれど、ここは王立学院よ。国王陛下が男女共学をお認めになって、外部からの介入をお許しにならないのは何のためだと思うの? たとえ性別が違うとしても、生徒同士なんのてらいもなく意見を交わし、お互いを理解し、成長するためじゃないかしら?」


 そこまで一気に言うと、大きく息を吐いた。

 最後の方はデュリオお兄様の受け売りだけど、高等科進学を反対するお母様をお兄様が説得してくれた時には、わたしもなるほどと思ったもの。


「それに学院長だって、入学式で陛下のお言葉としておっしゃっていたわ。克己の人となり、誠心の人となり、友愛を育みなさいって。だからわたしは何も恥じることはしていない。それでもあなた達がどう捉えるかは自由よ。その上でわたしがあなた達の好きな人と一緒にいるのが気に入らないのなら、わざわざこんな場所に大勢で集まらなくても、わたしと彼との間に直接割り込めばいいのよ」


 これは間違いなくわたしの意見。

 みんなはこの状況が多勢に無勢だと今さらながら気付いたのか、後ろめたそうな顔になった。

 その中で青ざめたままのグレースさんに目を向ける。


「ねえ、グレースさん。わたしは明日の放課後もオーレリーさんとラウンジで会う約束をしているわ。だから、心配なら同席してはどうかしら?」

「い、いえ、わたしは……」

「あら、いいの? オーレリーさんとは今はただの友達だけれど、この先はわからないわよ? 愛は時間が育てるって言うもの」

「そんなのダメよ!」

「ダメって言われても困るわ。こればっかりは、わからないでしょう?」


 片眉を上げた意地悪い顔でわたしが問いかけると、グレースさんは一瞬ためらってから真っ直ぐに見つめ返してきた。

 両脇に握られている手は震えているけれど、その眼差しは決意に満ちている。

 恋は人を愚かにするけれど、恋する乙女は強いものね。


「ど、同席するわ。お願い、エリカさん」


 勇気を振り絞ったらしいグレースさんの声はとても小さくか細い。

 別にわたしは噛みついたりしないのに。

 ちょっと傷つくけど、まあ、いいわ。


「ええ。それじゃ、明日の放課後にラウンジでね」


 わたしがにっこり笑って頷くと、その場の空気が途端に緩んだ。

 良かった。上手く笑えたみたい。

 これでわたしがグレースさんにとってもみんなにとっても、敵でも何でもないとわかってくれたのならいいんだけど。

 これからは噂に惑わされず、仲良くしてくれると嬉しいわ。


 組んでいた腕を解くと、わたしも両手を強く握りしめていたみたいで、意識して力を緩めないといけなかった。

 その手のひらには爪の痕がくっきり。

 腕に提げた鞄が急に重く感じられて、早く家へと帰りたくなる。


「では、わたしはこれで――」

「エリカさん、あなたは殿下に失礼だとは思わないの?」

「はい?」


 別れの挨拶を言いかけたわたしを遮ったのはロレーヌさん。

 今日はもう限界なのにまだ続けるつもりなの? 


 疲れのせいか、しぼんでいた怒りがまたむくむくとわいてくる。

 きっとお母様になら「もう放っておいて!」って怒鳴ったかもしれない。

 でもこの場ではぐっと抑えて、ロレーヌさんに冷めた視線を送る。


「失礼って、何が?」

「い、いくらお友達だからといって、殿下のように素敵な方がいらっしゃるのに、他の男性と仲良くするなんて失礼よ! エリカさんがそんな態度だから、妃殿下がお二人の婚約をお許しにならないんだわ!」


 あら、ここにもいたわ、恋する乙女が。

 だけど応援する気にはなれないわね。だって、やり方がいつも卑怯なんだもの。


「妃殿下がわたし達の婚約を許して下さらないなんて、初耳だわ。ロレーヌさんはどなたからお聞きになったの?」

「それは……叔母様からよ」

「叔母様ってサジュマン伯爵夫人かしら? あの方は本当に何でもご存知なのね。当人が知らないことまでご存知だなんて驚くわ」


 わたしとロレーヌさんの間に漂う不穏な空気に、みんなが戸惑っているのがわかる。

 オーレリーさんについての話だったはずが、殿下の婚約についての話に変わってしまったんだもの。仕方ないわよね。

 それにしても、公然の秘密となってしまった殿下との婚約が、正式に発表されないのは妃殿下が反対しているからだって話になっているなんて。

 ひょっとして、妃殿下の遠縁の令嬢を呼び寄せるとかどうとかって話からそんな憶測が流れているのかしら。


「ヴィクトル殿下のお相手にと、妃殿下が遠縁のご令嬢を呼び寄せられるのは、エリカさんにご不満をお持ちだからなのではなくて?」


 わたしの嫌味にロレーヌさんは怯んだように見えたけれど、返ってきたのはかなり強気な発言。

 すごいわ。ここまではっきり言えるなんて。

 まあ、だからって引いたりはしないけど。売られたケンカだもの。


「そうね。きっとその通りなのでしょうね。そもそも、わたしなどよりも殿下に相応しい方はこの国にもたくさんいらっしゃるのに残念だわ。でも妃殿下はわたしと他の方との間に軋轢が生じないようご配慮下さったのかもしれないわね。だとしたら、そのようなお気遣いは無用だとお伝えした方が良いかしら。いっそのこと父から他の方を推薦して頂きましょうか。ねえ、ロレーヌさん、あなたはどう? 殿下の婚約についてそれほど気になされるんだもの。わたしの代わりになれるよう頼んであげましょうか?」


 下手に出ながらも、とっても上からな言葉で問いかけた瞬間、ロレーヌさんの顔つきが変わった。

 言い過ぎたかしらと思った時には、もうロレーヌさんは右手を振り上げていて、わたしはとっさに鞄で顔を庇う。

 防衛本能ってすごいのね。いきなりでもちゃんと自分を守れたわ。

 でもあまりにびっくりしすぎて心臓の方がまずいかも。


「ロレーヌ!」


 シュゼットさんが慌ててロレーヌさんを止めに入って、誰かの大げさな悲鳴が上がる。

 すると突然教室のドアが勢いよく開いた。

 そして入って来たのは厳しい表情の殿下。

 教室が凍りついたように静まり返る中、殿下はつかつかと足音を響かせてわたしに近づき手首を掴んだ。


「……殿下?」

「怪我はない?」

「え、ええ……」

「そう」


 一連の出来事にまだ頭がついていけなくてぼんやりとしたわたしを、殿下は目を細めて見た。

 わたしが思わずびくりとすると、ふっと表情を緩め、ロレーヌさんへと目を向けて微笑む。


「僕達の婚約について、関係ない者にとやかく言われたくはないな」


 優しい声音に、いつもの爽やかな笑顔。

 それでも明らかに伝わる殿下の怒りにみんなは身を縮め、ロレーヌさんは倒れるのではないかと思えるくらいに蒼白になった。

 だけど殿下はそんなことにはかまわず、わたしの手首を掴んだまま引き返す。


「ちょっ、殿下!」


 わたしの驚いた声に殿下は立ち止まって振り向くと、重い鞄を持ってくれた。

 いえいえ、そうではなくて。

 訳がわからないまま殿下に手を引かれるわたしの背後からロレーヌさんの泣き声が聞こえる。

 廊下に出ると、マティアスと気まずそうな顔をした数人の男子がいた。

 どうやら今のやり取りに聞き耳を立てていたみたい。やっぱり男子って最低だわ。


「僕とマティアスは先ほど来たばかりだよ。エリカさんが大変だって呼ばれてね」

「勝手に思考を読まないで下さい。それに、女子の揉め事には口を出さないでって――」

「僕が原因で揉めていたんだから、無視してはいけないんじゃなかった? それとも違うの? 難しいな、エリカさんは」


 呆れた、と言わんばかりの口調の殿下に言い返そうとして、ふと気付く。

 殿下はにこやかに笑っているけれど、間違いなくまだ怒っているわ。

 わたしの失礼な発言を聞いたせいかも。


「殿下、あの……申し訳ございませ――」

「謝罪なんていらないよ。僕は最低だし、今はもう改める気もないから」


 わたしの謝罪を遮った殿下はそこでようやく手を放してくれたけれど、連れられて来たのは自習室ではなく準備室。

 放課後の今は先生も従僕も姿はなく部屋には二人きり。

 一つしかないドアには殿下がもたれかかっていて、簡単には出て行けそうにない。

 この不名誉な状況に困惑するわたしをよそに、殿下は久しぶりにあの悪魔的な笑みを浮かべた。


「では、そろそろはっきりさせようか。僕達の婚約について」




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