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悪役令嬢、時々本気、のち聖女。  作者: もり


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 翌朝、目覚めたわたしは身も心も最悪だった。

 泣きながら寝てしまったせいでまぶたは腫れているし、意地を張って食事を抜いたせいでとってもお腹が空いている。

 それに、どんな顔をしてみんなに会えばいいのかわからないんだもの。

 夜になって帰宅したお父様やデュリオお兄様が、部屋から出ようとしないわたしを心配してドアをノックしてくれたのに、酷いことを言ってしまった気がするわ。

 

 お母様に、お父様に、お兄様に、ちゃんと謝らないと。

 それから冷静に話し合うのよ。

 みんなには迷惑をかけてしまうけれど、それでもわたしは誰とも婚約も結婚もしないって。

 ギデオン様のことは、たとえ許してもらえたとしても、わたしの片想いじゃどうにもならないもの。

 だから……って、ああ! どうしよう! お母様にギデオン様が好きだと告白してしまったわ! 

 きっと、お父様もお兄様も知ってしまったわよね? だって、お母様が言わないはずないもの。

 もう! わたしってなんて馬鹿なのかしら!


 侍女がわたしの腫れたまぶたのためにハーブ水とタオルを持って来てくれる。

 平静を装いながらも内心では恥ずかしくて、このままベッドの中に隠れていたくなった。

 だけどもう子供じゃないから。

 こう自分に言い聞かせるのも何度目か覚えていないけれど。


 少しも成長していないことにうんざりしながらタオルを目に当てて、みんなにどう謝るかを考える。

 やっぱり一番に「ごめんなさい」よね。それとも「おはよう」がいいかしら。

 そうね、朝の挨拶を先にして、続いて謝罪するべきね。


 いつもより少し遅めに朝食室へと入った時には三人共もう揃っていて、黙ったまま探るようにわたしを見つめた。

 その視線に、出かかっていた挨拶も言えなくなってしまう。

 何よ。言いたいことがあれば、はっきり言えばいいのに。

 先ほどまでとても反省していたはずなのに、今はとても苛々してしまって、結局はぎこちない挨拶を交わしただけで黙々と食事を済ませた。

 食後の珈琲もいらないわ。だってこれ以上の沈黙は耐えられないもの。

 「いってきます」の挨拶もしないまま馬車に乗り込み、一人になってからまた後悔。

 学院に着いてからも鬱々として、ため息ばかり吐いてしまっていた。


「何をやっているのかしら、わたし……」

「あら、そんなに気にしなくてもいいんじゃない?」

「どうして? だって、お母様にもお父様にもお兄様にも、酷いことを言ってしまったのよ?」


 一限目の授業は幸い美術で、写生をしながらのおしゃべり。

 昨日からのことを話すと、リザベルは真剣に聞いてくれたあとににやりと笑った。


「何にでも苛々してしまう時期っていうのは誰にでもあるのよ。家族は一番身近で一番遠慮がないから、つい当たってしまうしね。みんな経験があることだし、エリカのご家族もわかってくれているわよ。うちなんて家族が多いせいで、毎日誰かしらが苛々しているんだから」

「じゃあ、リザベルも苛々することがあるの?」

「うーん。あると言えばあるし、ないと言えばないわね」

「どっちなのよ、もう!」


 リザベルに話を聞いてもらったお陰で、もやもやしていたものが晴れていく。

 くすくす笑い合って、また他愛ないことで笑って、写生がちっとも進んでいないことに気付いて笑った。

 長期休暇に入る前に提出するようにと言われたばかりなんだから、しっかり手は動かさないと。


「それに心配しなくても、殿下が婚約のお話をお受けすることはないわよ」

「別に、心配なんてしていないわ。迷惑なだけ」

「そう?」

「そうよ」


 しばらくして、リザベルがなぜか必要のない慰めを言ってくれたけれど、わたしはスケッチブックから顔を上げなかった。

 だって、気になんてしていないもの。リザベルだってわかっているはずなのに。


「まあ、とにかく、王太子妃殿下は何かとご実家のやり方を通そうとされて、保守派の貴族達の反感をかなり買っていらっしゃるから。殿下も苦しい立場にいらっしゃるのよね。ノエル先輩のお母様は身分のせいで最初は蔑まれていらっしゃったらしいけれど、そのお人柄で次第に認められるようになったそうだし。実のところは、先輩を継承者にと推す声も少なくなかったらしいわ」


 声をひそめたリザベルの言葉に、かろうじて動いていた手が止まる。

 先日の殿下の言葉――自分は国王の器ではないと言ったあれは本気だったの?

 

「……ねえ、殿下とノエル先輩は仲が良いのかしら?」

「おそらくね。王妃様がいらっしゃった時には、お二人はよく一緒に遊んでいらしたらしたそうよ。でもお亡くなりになってからは、妃殿下が一切の接触をお許しにならなくなったって。王宮内は今、妃殿下のお力が強くなってきていて大変らしいわ。だから殿下がエリカと婚約だけでもとお考えになったことは理解できるの。これ以上、妃殿下派の力を強くしないためにも、アンドール侯爵家は打って付けなのよ」


 やっぱり馬鹿だわ、わたし。

 これからは王宮のことや貴族のことを勉強するとか言いながら、何も学べていないもの。

 貴族名鑑を眺めて系譜だけ頭に入れても、今現在の人間関係、勢力関係を少しもわかっていない。それこそが大事なのに。

 王太子妃殿下があまり好かれていないってことは、我が家にいらっしゃるお客様の言葉からなんとなく想像はついていたけれど、そのせいでの殿下の立場とか、アンドール侯爵家の立場なんて知ろうともしていなかった。


 昨日、お母様が疲れて見えたのはそのせい? 妃殿下に何か言われたのかしら。

 殿下のことだってあんなふうに頭ごなしに否定するなんて間違っていたわよね。

 でも、子供を一人か二人なんて無理よ。

 だって、だって――。


「エリカ、大丈夫? 顔が赤いわよ?」

「え!? え、ええ。大丈夫よ、もちろん。ちょっと暑いだけ」


 スケッチブックでぱたぱた扇いで風を顔にあてる。

 本当に暑いわ。もう夏だものね。

 リザベルはどきどきしているわたしを訝しげに見ていたけれど、それ以上は何も言わずにスケッチブックに視線を戻した。

 良かった。追及されなくて。

 何を考えていたのか知られたらもう、恥ずかし過ぎるもの。


 そうよ。恥ずかし過ぎるのよ。

 だから好きでもない人と結婚なんてできないわ。

 ああ、だけど好きな人とはもっと無理!

 ギデオン様とキ、キスするなんて、恥ずかし過ぎて死んでしまうわ!


 一人悶えていたわたしは、ほとんど写生に手をつけることもできずに授業は終わってしまった。

 先生は未完成でもかまわないっておっしゃっていたけれど、さすがにもう少しどうにかしないとまずいわよね。

 中庭から途中変更したのも影響しているし。


 お昼になって一日ぶりの珈琲を飲んだ時には、気持ちもかなり落ち着いていた。

 だから今日は早めに帰宅して、今度こそお母様に謝ろうと固く決めていたのに。

 部活に向かうリザベルと別れて隣の教室前に差し掛かった時。


「エリカさん、少しよろしいかしら?」

「え? ええ……」


 隣のクラスの子――この前、グレースさんと一緒にいた子がドアから顔を覗かせて手招きをした。

 それに釣られてついふらふらと。本当にわたしって馬鹿。

 隣のクラスに入ると、グレースさんをはじめとした女子がずらりと並んでわたしを待ちかまえていてびっくり。

 後ろでぴたりとドアが閉じられた音が恐ろしくも耳に響いた。


 異様な雰囲気を察したのか、残っていた男子がこそこそと出て行く。

 女子の揉め事に口を出さないのは正解だけれど、この場合は明らかに問題ありでしょう?

 まったくもう。これだから男子ってダメなのよ。


 それにしてもこのクラス、こんなに女子がいたかしら? あ、ロレーヌさんとシュゼットさんまでいるじゃない。

 この状況。どう考えてもまずいわよね。きっとリザベルと別れるのを待っていたんだわ。

 だけどいつまでもリザベルに頼ってばかりじゃ情けないもの。一人でだって平気。

 それに今、わたしはとっても機嫌が悪いんだから。売られたケンカは買うわよ。

 多勢に無勢だって負けないわ!




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