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悪役令嬢、時々本気、のち聖女。  作者: もり


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 ああ、憂鬱。

 でもこれは全て自業自得。

 昨日、あれから部活中のリザベルに泣きついて、大笑いされて落ち着いたら、今度は自分の失態に頭を抱えてしまったのよね。

 レルミットさんにはきちんと謝罪しないと。しかもなるべく早く。


「一緒に行きましょうか?」

「ううん、大丈夫。謝罪にまで友達について来てもらうなんて情けないもの。ありがとう」


 リザベルの優しい言葉を泣く泣く断って、お詫びの品を手に席を立つ。

 レルミットさんが謝罪を受け入れてくれればいいんだけれど、難しいわよね。

 そもそも、まだ登校していないかも。

 そう思いながら隣の教室を覗くと、レルミットさんは一人席に座り、本を読んでいた。

 教室内はまだまばらで、今がチャンス。


「あの、レルミットさん。おはようございます。少しよろしいかしら?」

「……おはよう、アンドールさん。どうぞ?」


 礼儀正しく立ち上がって挨拶を返してくれたレルミットさんは、怒っているようには見えない。

 だけど、それが逆に怖いわ。


「その……昨日は大変申し訳ありませんでした」

「……これは?」


 頭を深く下げつつお詫びの品を差し出すと聞こえた、レルミットさんの不審そうな声。

 怪しいものじゃありませんと示すために顔を上げて微笑んで見せる。


「我が家で贔屓にしているパティスリーの焼き菓子です。ですから、毒などは入っておりませんわ」

「いや、冗談は必要ないよ。それよりも、なぜ僕にこれを?」


 冗談ではなく本気だったのに。すんなり受け取ってくれないと困るわ。

 昨日帰宅してからお母様に打ち明けたら、血相を変えてくれぐれもきちんと謝罪するようにと持たされた品だもの。


「お詫びの品ですから、どうぞお受け取り下さい」

「昨日のことなら僕も言い過ぎたと思う。アンドールさんが怒るのも無理はなかったのだから、気にしないでくれないか」

「いいえ。たとえそうだったとしても、暴力に訴えるべきではありませんでした。酷いお怪我になっていなければいいのですが。大丈夫でしょうか?」

「あれぐらいで怪我などしないよ。だからもうお互い忘れよう」


 おかしいわ。この変わり様はいったい何なの?

 まさか、何か悪いものでも食べたんじゃないでしょうね。

 それとも裏でもあるんじゃないかと、レルミットさんの顔をまじまじと見て探る。

 すると、レルミットさんはギデオン様とよく似た茶色の瞳でじっと見つめ返してきた。

 何? 何か顔についているのかしら?

 それはかなり恥ずかしいわ。ここは一度撤退して、鏡をチェックして出直すべきね。


「あの――」

「昨日、あなたのことを兄に聞いたよ」

「え?」

「失礼だが、なぜ兄があなたと親しくするのかが理解できなくてね」

「そうですか……」


 本当に失礼なんですけど。

 いえ、昨日の失態を見せてしまったあとでは仕方ないわね。

 さあ、好きなだけ批判して下さいとばかりに背筋を伸ばして続く言葉を待つ。


「兄からは叱られてしまった。お前は何もわかっていないと。噂に惑わされ、偏見的な考えに取りつかれて何も見えていないとね」

「まあ……」


 さすがはギデオン様。わたしを庇って下さるなんて、やっぱり本物の紳士だわ。

 他には何かおっしゃっていなかったのかしら。

 たとえば、わたしのことを〝かわいいよね″とか、〝好きだな″とか、〝お嫁さんにしたい″とか。……ええ、それはないわよね。

 ちょっとの間、妄想に浸っていてふと我に返ると、レルミットさんはまたわたしをじっと見ていた。


「兄がそこまで言うのだから、あなたにはそれだけの魅力があるのだろう。だが僕にはさっぱりわからない。だから知りたいと思う」

「はあ……」

「それでだ、エリカ・アンドールさん」

「はい」

「今日から僕と、友達として付き合ってほしい」

「は、い? え? い、いえ……」


 突然の展開に訳がわからなくて、応えようとするのにあたふたするだけで言葉が出てこない。

 そこに予鈴が鳴って、クラスの子達がどっと教室に入ってきた。


「――ごめんなさい!」


 結局、その場から逃げだしたわたしはまた廊下を走る。

 今度は誰にもぶつからず、息を切らしながら席に戻った時にはお詫びの品はまだ手にあって、リザベルがどうしたのかと心配してくれた。

 だけど、そこで本鈴が鳴ったので説明は後回し。


 やっぱり男子って変よ。きっと頭の中が少しおかしいのよ。

 思わず殿下をちらりと見ると、またばっちり目が合ってしまった。

 今日はいつものように笑ってはいなかったけれど、どうでもいいわ。

 もう絶対に殿下とは関わらないんだから。

 そう決意したのに、一限目が終わるとすぐに殿下がわたしの席へとやって来た。


「エリカさん、ちょっといいかな?」

「ダメです」

「昨日のこと……というより、それまでのことを謝罪させて欲しいんだ」

「結構です。どうぞおかまいなく」


 わたしは今、殿下に恥をかかせているかもしれない。でも嫌なんだもの。

 そんなやり取りをしていると、マティアスまでやって来た。


「なんだ、まだ怒っているのか。何がそんなに気に入らないんだ?」

「わたしの気持ちは、マティアスさんのようなデリカシーのない人にはわかりませんわ」

「それは悪かったな。だが、いつまでも怒っていると、その怖い顔がそのまま固ってしまうぞ?」

「はあ!? 余計なお世話です! あなたこそ、その愛想のないお顔をどうにかなさったら?」

「何を――!」

「マティアス!」

「エリカ、落ち着いて。先ほどから、配達人が困っているわよ」


 リザベルの声にはっとして目を向けると、配達人が気まずそうに立っていた。

 どうやら少し前からいたみたい。

 みんなの視線を浴びた配達人は、怯えたように身を縮めながらもわたしに向かって手紙を差し出す。


「エ、エリカ・アンドール様に、ギデオン・レルミット様からお手紙です!」

「まあ、ありがとう。ごくろうさま」

「い、いえ! では、これで失礼致します!」


 今のは何でもありませんとばかりに平静を装って手紙を受け取ると、配達人は膝に頭をつけるぐらいの勢いでお辞儀をしてばたばたと去って行った。

 その足音だけを残して、教室内が静まり返る。

 嫌だわ。みんなの前で少し騒ぎ過ぎたようね。

 気を取り直すためにもこほんと咳払いをして、にっこり笑顔を殿下に向ける。


「すぐにでもこの手紙を読みたいので、もうよろしいでしょうか?」

「……ああ、そうだね」


 殿下はあっさり頷くと、まだ何か言いたげなマティアスを連れて席に戻っていった。

 二人がある程度離れるのを待って、逸る気持ちを抑えて手紙を開ける。

 どうか今日は登校されますようにと願って、朝一番に預けた手紙のお返事をもう頂けるなんて。


「――ギデオン様は何ておっしゃっているの?」

「今日の放課後は大丈夫だって。リザベル、また付き合ってくれる?」

「もちろんよ」

「ありがとう!」


 今日はギデオン様が登校されていることと、放課後にお会いできることが嬉しくて、先ほどまでの憂鬱な気分が消えていく。

 ああ、楽しみ。

 そんな幸せ気分で授業を受けたから、苦手な数学もけっこう理解できたような気がするわ。


 そして昼食後には、ラウンジでいつものように珈琲を楽しむ。

 コレットさんはルナさん達と約束していたらしく、今日はリザベルと二人だけ。

 そこにジェレミーがにやにや笑いで加わった。


「やあ、一昨日の放課後はすごかったらしいね?」

「……すごかったって、どんなふうに?」

「そうだな……簡単に言えば、姑息な手段で殿下を奪おうとしていたベッソンさんの悪事を暴き、見事に殿下を取り戻したって」

「取り戻すも何も……わたしのじゃないわよ。むしろいらないし」


 ちょっとムッとして珈琲を一口飲む。

 ジェレミーに怒っても仕方ないんだから、落ち着かないと。

 だけどジェレミーはわたしの態度を気にした様子もなく、またにやりと笑った。


「ちなみに、今回の噂はエリカさんだけじゃなくて、リザベルのことも流れているんだよ」

「ああ、それ、聞いたわ」

「え? そうなの? 何て?」


 すでに知っていたらしいリザベルが楽しそうに微笑んだから、どんなものかと思わず身を乗り出す。

 するとジェレミーがカップを置いて一言。


「エリカ様の参謀」


 あんぐりと口を開けたわたしを見て、リザベルとジェレミーが吹き出した。

 ええ? これって、笑いごとなの?


「リザベル、いいの? 変な名前がついてしまったのに」

「別にかまわないわよ。不都合といえば、今までのように素知らぬ顔で情報収集はできないことぐらいだから。まあ、それは他にも手があるしね」

「……そう。なんだかセンスを疑うような名前だけれど、リザベルがいいならいいわ」


 ため息を一つ吐いて、珈琲をまた飲む。

 エリカ様って呼び方にしても、みんなのわたしに対するイメージが表れているわよね。

 今さら気にしないけど。


「それと、先ほどまた新しい噂を聞いたよ」

「新しい噂?」

「うん。オーレリー・レルミットがエリカさんに横恋慕して、交際を申し込んだってね」

「なっ――!?」

「エリカ、大丈夫?――ジェレミー、それで?」


 珈琲にむせて咳込んだわたしの背を、リザベルは軽く叩いてくれながらもジェレミーに続きを促す。

 そしてジェレミーはというと、楽しそうに顔を輝かせている。


「エリカさんは断ったものの、それを知った殿下が怒って、二人はケンカになったんだって」


 何なの、この学院。フェリシテさんがいなくても結局は噂が絶えないじゃない。

 もう何か言う気力さえなくて、咳も落ち着いたところで珈琲を飲み干した。

 そろそろ化粧室で身だしなみを整えて教室に戻らないと。


「先ほど僕のクラスでは男子達の間で、エリカさんが誰を選ぶのか、賭けが始まっていたよ」

「へえ?」

「本命はもちろん殿下。次いで人気急上昇のオーレリー。さらに禁断の愛を貫いてシェフェール先輩か、それとも安定の幼馴染――僕かってね」

「ジェレミー、あなたとは数ヶ月前に知り合ったばかりよ」

「そんな細かいこと、みんなには関係ないんだよ」

「そう? でもわたしは気になるわ。だから、はっきりさせておくわね。わたしは誰も選ばないから!」


 そう言い切ると、勢いよく席を立って化粧室に向かう。

 やっぱり男子なんて嫌い。デリカシーがなさ過ぎるわ。

 ジェレミーだって他の男子と一緒じゃない。人の恋愛を賭けにして楽しむなんて。

 そもそも、どうしてギデオン様がいないのかしら。そうよ。わたしなら、ギデオン様に持参金全てを賭けるわ。

 もちろん参加なんてしないけど!


「エリカ!」

「あ……ごめんなさい、リザベル」


 怒りにまかせて席を立ったから、ついリザベルを置き去りにしてしまったわ。

 申し訳なくて、追いかけて来てくれたリザベルに謝罪の笑みを向ける。


「どうしようもないわね、男子って」

「あれでほとんどの男子がわたしたちより年上だなんて信じられない」


 騎士団の怪しげな訓練所に通っていないジェレミーやレルミットさんでさえ変なんだもの。

 訓練所出身の男子には近寄らないようにしないと。

 当初の目標――青春を謳歌しているとは言い難いけれど、リザベルとギデオン様がいてくれるだけで高等科生活は十分よね。

 ああ、早く放課後にならないかしら。




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