久坂大和は中岡明里に試される。
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「あらあら……なら、あなたが出て行けば?」
気づけば、俺達の後ろにはユーリのお母さんがいた。
……それこそ、悪魔さえも凍え死んでしまうかのような氷の微笑を湛えて。
「む……あ、明里、これはだ「言い訳無用です」……」
ユーリのお母さんにピシャリ、と言われ、お父さんはただ黙るしかない。
「私は“あの時”にも言ったわよね? あなたが中岡家を語るんじゃないと。しかも何ですか? 彼……大和くんはこの私が正式に招待したんです。その客人を“貴様”だの“出て行け”だの……」
そう言うと、ユーリのお母さんは顔をしかめてかぶりを振った。
「だ、だが……「誰が喋っていいといいましたか?」……」
お、おおう……これは逆に可哀想……とは思わないな。実の娘に……ユーリに、あんなひどいことを言った罰だ。
「それに、私は悠里にはいつも『好きにするように』と言っていますし、あなたにも悠里に干渉するような真似をするなと言っていたはずです。それが何ですか、あなたの友人だか何だか知らない輩の子どもを使って悠里を監視させて」
「…………………………」
「分かっていないようだからハッキリと言っておきます。そんなとても友人がする行動とは思えないような不遜な輩、この“中岡家”には相応しくありません。即刻、縁を切りなさい」
「っ!? な、なぜそんな「うるさい」……」
冷徹な視線で一喝されたユーリのお父さんは、悔しそうに唇を噛み締めながら拳を震わせる。
「大体、あのような輩と懇意にしているだなんて、何か弱みでも握られていたりでもするんですか? そうであるならば、あなた自身にも、私は言わな「黙れ!」」
さらに追い打ちをかけるように言葉を続けるユーリのお母さんに、堪りかねたお父さんが怒鳴った。
「聞いていればなんだ! 誰のお陰でこの中岡グループが大きくなったと思っているんだ!」
ユーリのお父さんは今にもつかみ掛かりそうな勢いで、お母さんに人差し指を突きつける。
だけど。
「は?」
ユーリのお母さんは、顔を歪め、ただその一文字を漏らした。
呆れと侮蔑を込めて。
「誰が? この中岡グループを大きくしたか、ですって?」
「そ、そうだ!」
ユーリのお母さんから放たれた底冷えする程の声に、お父さんが冷汗を流しながらも、なお食って掛かる。
「ふう……分かりました。もはや何を言っても無駄なようですね……」
「む、無駄だと?」
かぶりを振るユーリのお母さんに、何かを察したのか、お父さんは急に狼狽した。
あ、多分これ、ざまぁの瞬間と思われ。
「あなた……いえ、中岡重工代表取締役“中岡貴彦”に言い渡します。明朝にでも臨時役員会を開催し、あなたの解任動議を発議します」
「っ!?」
あー……やっぱり。
「ば、馬鹿な……」
「『馬鹿な』というのはこちらの台詞です。私の配偶者である手前、今までお飾りで社長に据えておいただけの存在が、何を調子に乗っているんですか。とにかく、あなたの中岡グループにおける一切の権限ははく奪します」
「あ、い、いや……ま、待って「黙れ」」
縋りつこうとするユーリのお父さんを、お母さんは感情の籠らない無機質な言葉を言い放った。
「これで話はおしまいです。縁を切られないだけましだと思いなさい。あ、大和くん……身内の恥ずかしいところをお見せしてしまってごめんなさいね」
「いいい、いえ!」
急に申し訳なさそうな表情で俺に話し掛けるユーリのお母さん。
お、俺、正直怖いです。
「さあさ、玄関で何ですし、早く上がってちょうだい」
「お、お邪魔しまーす……」
俺はユーリのお母さんに促されるまま、家へと上がる。
そして、ユーリと一緒にガックリとへたり込んでいるユーリのお父さんの横を通り過ぎた……え、ええと、ご愁傷さまです……。
◇
「えへへ! それでね、ヤマトったらね!」
「うふふ、そうなの?」
応接間に通された俺は今、ユーリとお母さんが俺をダシにして嬉しそうに話している光景を、ただただ眺めている……。
な、何だかいたたまれない……。
「ふふ……だけど、悠里から聞いている通りの男の子ね」
そう言うと、ユーリのお母さんが俺を見て微笑んだ。
「うん! 私の、そ、その……最高の人なんだ!」
あのー、ユーリさんや? そろそろ恥ずかし過ぎて死にそうなんですが?
「さっきのうちの人への啖呵もカッコ良かったわよ? やっぱり男の子はこうじゃないと!」
「えへへー」
うう……ちょっと帰りたくなってきた……。
「あ、あの、そろそろ……」
「あらあら、本当ね。こんな時間まで引き留めちゃって、悪かったわ」
「あ、いえ……」
俺は一刻も早くこの場を去るために切り出すと、ユーリのお母さんも時計をチラリ、と見た後、申し訳なさそうに謝ってくれた。
や、これはこれでいたたまれない。
そして……ユーリはといえば、ちょっと寂しそうな表情を浮かべた。
だから。
「わ!」
「全く……明日、一緒に遊ぶだろ。楽しみはそれまで取っとけよ」
俺はユーリの頭を撫でてやると、彼女は一瞬驚いた表情を浮かべたけど、すぐに嬉しそうにはにかんだ。
「うふふ、ユーリったら本当に嬉しそう……」
しまったあ!? お母さんの前だってこと、忘れてたあああ!?
俺は慌ててユーリの頭から手を離すと、ユーリはしょんぼりしてしまった……俺にどうしろと!?
「うふふ……ほらほら、そんな顔したら大和くんが困っちゃうわよ?」
「う、うん……」
お母さんに窘められるも、やっぱりユーリは表情が曇ったままだ。
だ、だけど俺も帰らないといけないし……。
「そ、それじゃ、失礼します!」
「ええ、ぜひまた来てね」
俺は心を鬼にして席を立つと、お母さんに深々と礼をした。
そして、ユーリに連れられて応接間を出ようとしたところで。
「あ、そうそう、大和くん」
ユーリのお母さんに声を掛けられた。
「は、はい、何でしょうか?」
ま、まだ何かあるのかな……?
「もし私が、あの人と同じ台詞を悠里に言ったら、どうする?」
「お母様!?」
ユーリのお母さんは、そんな冷たい言葉を俺に投げかけた。
それこそ、さっきユーリのお父さんを叱った時以上の威圧を掛けて。
だから。
「もちろん、俺はそれを全力で否定しますよ。ユーリは俺の全てですから」
俺は臆することなく、ユーリのお母さんにそう告げた。
だって、ユーリは俺にとって誰よりも大切な女性だから。
すると、ユーリのお母さんからのプレッシャーが霧散し、そして。
「大和くん、これからも悠里をよろしくお願いします」
そう言って、ユーリのお母さんが深々と頭を下げた。
それは、心から一人娘の幸せを願う、一人の母親の姿だった。
だから。
「っ! はい!」
俺は思いきり力強く返事した。
俺の決意を知ってもらうために。
俺の、ユーリへの想いを知ってもらうために。
そして……絶対にユーリを大切にすると、お母さんに誓うために。
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次話は明日の夜更新予定です!
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