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【事故物件】の隣に住んでいます  作者: 白波さめち


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第十六話 愛菜ちゃん


 次の日。

 

 昼を過ぎた頃に玄関のチャイムが鳴った。

 千春さんは仕事、朝陽君は学童保育だ。

 

 放置する訳にもいかなくて玄関のドアを開けると、昨日の愛菜ちゃんが立っていた。

 

「朝陽君いますか?」


「あ……朝陽君は今学童なんだ」


「そっか……じゃあお兄ちゃんが遊んで?」


「えっ?」


 昨日の今日に引き続き、遊べと言われて思わず声に出た。

 愛菜ちゃんは笑顔のまま、俺の返事を待っている。


「……ちょっと俺は無理かな。忙しいから」


「ゲームしてるのに?」


 ……朝陽君だろうか。

 確かに最近は閉じこもってゲームばかりしているけど、お隣の子に俺のことまで話しているとは思わなかった。


「悪いけど、朝陽君もいないから……ごめんね」


 申し訳ないと思いつつ、ドアをゆっくりと閉めた。

 それと同時に、コンコンとドアを叩く音。


「入れてください」


 その声が子供のものとは思えないほど平坦だった気がして、ぞくりと背筋が冷える。


「……ごめん、また朝陽君がいる日に来てくれる? 土日と水曜日だったらいるから」


「入れてください」


 ドアの外側からは同じ言葉が返ってきた。

 全く同じ音源を流したみたいな声の調子に、ドアノブにかけた手をそっと離す。


「入れてください」


「ごめん。また来てやって」


 ドアノブの上にある鍵のつまみを握って、そっと回した。

 鍵が閉まるカチャリという音が思ったよりも廊下に響いて、思わず手に力が入る。


 しばらくドアと睨めっこしていたのだが、愛菜ちゃんは諦めたらしい。ドアの向こう側でパタパタと足音が遠のいていく。


 俺は少し息を吐いて、自分の部屋へと戻った。


 

 ♦︎ ♦︎ ♦︎


 そしてまた次の日がやってくる。

 

 午後を少し回ると今日もチャイムが鳴った。

 一度リビングに入り、インターフォンのモニターを確認するが画面には誰も映っていない。どうやら、エントランスからではなく玄関扉のインターフォンが押されたらしい。


 ――ということは。昨日の今日で、また隣の家の愛菜ちゃんがやってきたのだろう。


 俺は息を潜めて廊下へと戻った。

 昨日の事もある。面倒な子供と接点を持ちたくなんてなかったから、今日も来たら居留守を使うつもりだった。


「朝陽君いますか?」


 まるで扉が閉まっている事を認識していないかのような質問。留守だと諦めて帰ってくれることを願いながら、扉の前でじっと待つ。


 コンコン――


 確かめるようなノック音。

 いないから帰って、と心の中で返事をする。


「入れてください」


 その声は昨日と同じ酷く平坦な声だった。

 声の抑揚も、全く同じ。

 

「入れてください」


 返事をしそうになって、思わず声を飲み込む。

 

 なんだよこれ。気持ち悪い。

 人間じゃない何かが扉の向こう側から呼んでるみたいだ。


「入れてください」


 再び再生されるその声にゆっくりと後ずさった。

 扉を開けるのも、返事をするのも怖い。

 

 もし、誰もいなかったら?

 いや……違う。もし人間じゃないモノがいたら?

 そんな想像が勝手に掻き立てられて、ごくりと唾を飲み込んだ。


 足音を立てないようにすり足で自分の部屋へと入り、ヘッドホンをつける。


 それだけで音はほとんど聞こえない。

 これに加えて音楽でもかければ、隣の部屋からの声も、扉からの声も遮断される。


 俺はそうやって『声』をやり過ごした。


 でも、これで終わりじゃなかった。

 それから愛菜ちゃんは毎日チャイムを鳴らした。

 そして扉を叩く。


「入れてください」


 平坦な抑揚、同じ言葉、同じリズムのこの言葉と共に。


 でも外は夏の日差しが焼けるように照り付けていて、金もない学生が過ごす場所はない。

 

 安いファミレスは少し距離があるし、滞在するにもお金がかかる。


 父親と顔を合わせないよう、土日はなるべく外出したい。それを考えると、今お金を使うわけにはいかなかった。


 ヘッドホンをつけ、ただ耐える日々。

 そして――水曜日がやってきた。

 

「奏多君、お昼ご飯できたよ」


 千春さんの声に促されてリビングに行くと、今日はミートソースのスパゲッティが置いてあった。朝陽君はすでに食べ始めていて、手を止める事なく口にスパゲッティを運んでいる。


 先週と同じように朝陽君の隣に座った俺は、そっと掌を合わせて、フォークに麺を巻き口に放り込んだ。

 口の中に放り込んだ麺。トマトソースと、それに絡まる肉に紛れて、ざらりとした質感の物が舌の上を滑る。


 なんだ? 

 

 舌で少し触れてみるが、よく分からない。

 苦味があるような気がしたが、隣の朝陽君は何も言わずにフォークを口に運び続け、あっという間に平らげた。


「愛菜ちゃんと遊んでくる!」


 食器をキッチンに下げると、朝陽君は弾かれるように外へと飛び出していく。


 愛菜ちゃん。


 その言葉にどきりと心臓が跳ね上がる。

 口に運ぼうとしたフォークが自然と止まり、リビングの扉に視線が向かった。


 ドアが開き、そして閉まる音。


 何か起こるんじゃないかと胸が騒ぐ。


「お隣の愛菜ちゃん……の家ってどんな人が住んでいるんですか?」


 行き場のない疑問が口から漏れ出した。

 俺が話した事に驚いたのか、千春さんは目をぱちぱちと瞬かせる。


「……あっ、お隣の瀬戸さんね。挨拶の時にお会いしただけだけど、感じのいいご家族だったわ。お父さんとお母さんと愛菜ちゃんと弟さんの4人家族ですって」


「4人家族……?」


 じゃあ「助けてください」と部屋越しに叫ぶあの声は?

 心臓がどくんどくんと脈打ち胸を叩く。

 フォークを持つ手が震えて、絡まった麺が解け、皿へと落ちていった。

 


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