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【事故物件】の隣に住んでいます  作者: 白波さめち


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第十四話 611号室


611号室 北山 奏多



「あーマジだる。ほんとクソゲーだわ」


 コントローラーを乱暴に投げ捨てた俺は、椅子にもたれ掛かって画面から視線を外した。

 画面では、今まさに敵のキャラクターが俺の死体に向けて銃を追い討ちし『ザコ乙』とばかりに煽ってる。


 ゲームマナーもあったもんじゃない。


「やめた。あー萎えた」


 あと一勝でランクが上がった。

 負けを取り返してやりたい気持ちはある。

 でもこういう時に続けても黒星が嵩むだけ。

 いつもの負けループに陥ることは明白だ。


「なんか食べよ」


 部屋から出ようと椅子を引き、ヘッドホンを外す。


 ――ああ。まただ。


 隣の家と面している壁から声が聞こえる。

 分厚いコンクリートの壁に潰され、濁った音として届くので、言葉としての輪郭は失っているけれど。


「まだ叫んでるのかよ……」


 ベッドによじ登って、壁に耳を当てる。

 ぐもって掠れた音が、ようやく形を成して耳に届いた。


「誰かー助けてくださーい。おーい。誰かー。来てくださーい」


 また同じ言葉だ。

 毎日、同じ言葉をずっと叫んでる。

 声が止む時間帯もあるものの、ほとんど一日中叫んでいるんじゃないか?


 ベッドから降りた俺は、部屋の隅に置きっぱなしの箱からカップラーメンを取り出して部屋を出た。

 薄暗く短い廊下を歩きリビングの扉を開ける。

 

 シンと静まり返ったリビングは、自分の部屋と違う匂いがした。

 

 壁に飾られた『家族写真』に俺はいない。

 テレビの横には最近発売されたばかりの新型のゲーム機が置いてあるが、何のソフトがあるかすら知らなかった。

 

 ここに来ると、自分がいかに『家族』から浮いている存在なのかを突きつけられる。


 キッチンに立つと、目の前に見えるダイニングテーブルの上におにぎりとおかずの乗ったお皿を今日も見つけた。


 『良かったらお昼に食べてください』


 丁寧な字が綴られた正方形の付箋が、お皿の前に置いてある。


 「……だる」


 今日もお皿を見なかったことにして、ケトルに水を入れ、電源を入れた。

 お湯が沸くまでの数分。それすらも落ち着かない。


 お湯を入れたカップラーメンを持ってリビングを出ると、丁度玄関のドアが開いた。

 

 仕事帰りの千春(ちはる)さんと、学童保育終わりの朝陽(あさひ)君だ。


「あ、奏多(かなた)くん……ただいま」


「お兄ちゃん、ただいま!」


「……おかえりなさい」


 小さく会釈すると、緊張した面持ちだった千春さんはホッとした顔をした。

 さすがに、無邪気な朝陽(あさひ)君の前で変な態度を取ったりなんてしない。


 千春(ちはる)さんは、俺の手に持ったカップラーメンに視線を向ける。

 

奏多(かなた)君、今日晩ご飯は?」


「これからバイトに行くんで」


 それだけ伝えて、部屋の扉を閉めた。

 部屋の中には、まだあの潰れた声が小さく響いている。

 それに被さるように、リビングから「今日のご飯なに?」と尋ねる朝陽くんと「お魚よ」と明るい声で答える千春さんのやりとりが聞こえた。


 本当に最悪な気分だ。


 母さんの病気さえなければ――

 俺がもう少し大人だったら――

 

 父の所に身を寄せることになんてならなかったのに。


 父は不倫相手と子供を作って、母さんを捨てた。

 再出発とばかりにマンションまで買ったんだ。

 父親だって、俺がここに来るのを迷惑だと思ってる。


 前の家族を残酷に切り捨てた罪悪感を拭いたいだけだ。

 母の病気が治るまで、俺の面倒を引き受けた。


 今が春休みじゃなければ……

 いや、せめてここに来ることがもう少し前に分かっていたら、沢山バイトを入れて外にいる時間を増やせたのに。

 

 手の中でゆっくりとラーメンがふやけて伸びていく。

 それでも憂鬱な気持ちに飲み込まれ、扉の前に立ったまま俺は動けなかった。


 


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