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月曜の夜、出張を終えて上滝市内の自分のアパートにもどると、部屋に灯りがついていた。
部屋の合い鍵は、家族と祥子にしか、渡していない。
ドアを開けて部屋に入ると、温かい空気とおいしい匂いに包まれた。
「おかえり」
祥子が、気後れしたようにおずおずと台所から顔を見せた。
「ごめんね、勝手に入って」
俺はコートを脱ぎながら、「別に、かまわないけど」と言った。
祥子がこの部屋に来るのは何か月ぶりだろう。
合い鍵を渡してはいたが、彼女が俺に断りもなく部屋に上がることは、これまでに一度もなかった。
出かけるとき、急いでいて散らかったままだった部屋の中は、適度に片付いていた。
「どうしたの」
台所で立ちつくす祥子を見て、座るタイミングを見つけられず、俺はスーツ姿で立ったまま聞いた。
彼女が何を考えているのかわからなかった。
昨日、カフェで別れたときに、全部終わったはずだった。
言葉にはしなかったけれど、これで終わりにしようと、お互いに心の中で告げたはずだった。
そのことは、彼女にもわかっているはずだ。
祥子は、そういう勘が働かないような鈍い女じゃない。
台所のコンロの上には、大きめの土鍋がかかっていた。火は消えている。
「えっと、ご飯は?」
その場の空気をとりなすように、祥子が言った。
「ごめん。新幹線の中で弁当食った」
「じゃあ、これ明日食べて。おでん作ったから。あとね、冷蔵庫にチーズケーキが入ってるから」
早口で言い、迷った視線を自分の足もとに落とすと、祥子は思いきったように顔を上げて俺を見た。
「まだ、間に合う?」
予想外なことを言われて、俺は面食らった。
「……何が?」
「私たち。まだ、やり直せるかな」
祥子に真顔で聞かれて、俺は返答に詰まった。
「ほかに好きな子がいるとか、私のこと嫌いだとか、会いたくないとか、私にはどうしようもない理由があるなら、諦める。でも、理由がないなら……諦めたくない」
いつもよりほんの少し、声の調子を強くして、祥子が言う。
「私は、まだ好きだから」
心臓が鳴った。
冷えきっていた体の芯に、ぽっと火が灯る。
何もかも、どうでもいいことのように思えた。
普通でも。
ありきたりでも。
特別なことは何も起こらなくても。
「……俺も」
この先ずっと変わらなくても、彼女が必要だと思った。
たとえ、離れることになっても。
「遠距離でもいい?」
「うん。自信あるから」
祥子が泣き笑いのような表情を見せた。そして冷蔵庫を開けると、「チーズケーキ、食べる?」と聞いた。
今回は、明るい話になったかな。
次回は誰にしよう。というか、思いっきり夏の話が書きたい。




