表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16年目の片想い  作者: 雪本はすみ
番外編 sweet, or not sweet
80/88

 月曜の夜、出張を終えて上滝市内の自分のアパートにもどると、部屋に灯りがついていた。

 部屋の合い鍵は、家族と祥子にしか、渡していない。

 ドアを開けて部屋に入ると、温かい空気とおいしい匂いに包まれた。


「おかえり」


 祥子が、気後れしたようにおずおずと台所から顔を見せた。


「ごめんね、勝手に入って」


 俺はコートを脱ぎながら、「別に、かまわないけど」と言った。

 祥子がこの部屋に来るのは何か月ぶりだろう。

 合い鍵を渡してはいたが、彼女が俺に断りもなく部屋に上がることは、これまでに一度もなかった。

 出かけるとき、急いでいて散らかったままだった部屋の中は、適度に片付いていた。


「どうしたの」


 台所で立ちつくす祥子を見て、座るタイミングを見つけられず、俺はスーツ姿で立ったまま聞いた。

 彼女が何を考えているのかわからなかった。

 昨日、カフェで別れたときに、全部終わったはずだった。

 言葉にはしなかったけれど、これで終わりにしようと、お互いに心の中で告げたはずだった。

 そのことは、彼女にもわかっているはずだ。

 祥子は、そういう勘が働かないような鈍い女じゃない。

 台所のコンロの上には、大きめの土鍋がかかっていた。火は消えている。


「えっと、ご飯は?」


 その場の空気をとりなすように、祥子が言った。


「ごめん。新幹線の中で弁当食った」

「じゃあ、これ明日食べて。おでん作ったから。あとね、冷蔵庫にチーズケーキが入ってるから」


 早口で言い、迷った視線を自分の足もとに落とすと、祥子は思いきったように顔を上げて俺を見た。


「まだ、間に合う?」


 予想外なことを言われて、俺は面食らった。


「……何が?」

「私たち。まだ、やり直せるかな」


 祥子に真顔で聞かれて、俺は返答に詰まった。


「ほかに好きな子がいるとか、私のこと嫌いだとか、会いたくないとか、私にはどうしようもない理由があるなら、諦める。でも、理由がないなら……諦めたくない」


 いつもよりほんの少し、声の調子を強くして、祥子が言う。


「私は、まだ好きだから」


 心臓が鳴った。

 冷えきっていた体の芯に、ぽっと火が灯る。

 何もかも、どうでもいいことのように思えた。

 普通でも。

 ありきたりでも。

 特別なことは何も起こらなくても。


「……俺も」


 この先ずっと変わらなくても、彼女が必要だと思った。

 たとえ、離れることになっても。


「遠距離でもいい?」

「うん。自信あるから」


 祥子が泣き笑いのような表情を見せた。そして冷蔵庫を開けると、「チーズケーキ、食べる?」と聞いた。


今回は、明るい話になったかな。

次回は誰にしよう。というか、思いっきり夏の話が書きたい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ