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「こんなところでさぼってたのか」
喫煙室で煙草を吸っていると、五分もしないうちに有村健吾が呼びにきた。
「スライドショーの最終チェックをするってよ」
「それくらい、俺がいなくてもできるだろ」
「つべこべ言うな」
健吾に睨まれて、俺は仕方なく煙草を灰皿に押しつけて喫煙室を出た。
開宴時間が近づき、会場前の受付にもぱらぱらと同窓生たちが集まり始めている。松川と加島のほかにも女性の幹事メンバーが数人、受付に入って応対していた。
加島紗月は、変わっていなかった。
髪を染めて、化粧をして、黒のワンピースを自然に着こなして、見た目は大人っぽくなった。
けれど、明るく澄んだ瞳も、やさしい静かな声も、笑うと右の頬にだけできるあどけない片えくぼも、あの頃のままだった。
引っ込み思案だけれど素直で裏表のない性格も、まったく変わっていない。
そのことに、何よりほっとしている。
会場はすっかり準備が整っていた。ホテルスタッフとの打ち合わせも終わったらしく、テーブルの上には料理が並び、皿とグラスがそろっている。立食形式なので椅子は壁に沿って並べられている。
「なあ。マジでこれ、流すのか?」
スライドショーを担当する幹事メンバーのひとり、元野球部キャプテンの富坂信太郎が、太い眉をハの字にして、俺と健吾にうんざりした顔を向けた。
「俺、坊主だった頃の自分の写真なんて、見たくないんですけど……」
富坂は悲しそうな目をして、懸命に俺たちに訴える。
俺だって、心の底からやめてほしいと思っているのだ。
「苦労して作ったんだから流すに決まってんだろ! それに、絶対に盛り上がる!」
健吾は自信満々で、やめる気はなさそうだった。
たしかに、これだけの写真を集めるのには、苦労しただろうなと思う。思うが、やっぱり昔の写真なんか見たくない。
「郁はあちこちに写ってるよなー。目立ちすぎだろ」
俺のせいじゃないし。
「さっきも加島さんと話してたんだけどさ。おまえってほんと断れないタイプだよな」
加島が何を話したって?
大いに気になることをさらっと言っておいて、健吾はあっさりとその場を離れる。
卒業後、加島が美大に進んだことは知っていたが、デザイン事務所に就職して多忙を極めているらしいことは、健吾と松川経由でそれとなく聞いていた。
健吾の話だと、とにかく仕事が忙しくて、恋人を作る暇もないらしい。
それを聞いたときには心の中でガッツポーズを作り、出たくもない同窓会にこうして顔を出しているわけだが、このままでは──さっきみたいな会話を続けているだけでは、進展は望めそうにない。
加島にとって俺は、いつまでたっても、幼なじみのままなのだろうか。
初めて会ったのは小学校三年の春。
現在の加島が俺のことをどう見ているのかはわからないが、あの頃は──あの頃の加島は、俺のことを誤解していた。




