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あのときのりっちゃんは、本当に悔しそうだったな。
思い出し笑いを浮かべそうになって、私はあわてて表情をとり繕う。
出席者名簿とネームプレートとを照らし合わせて最終チェックを済ませると、後は同窓生たちが来るのを待つだけとなった。
「ねえ。私、ちょっとだけ中の様子、見てきてもいいかな」
亜衣がそわそわしながら言う。やっぱり有村くんの幹事ぶりが気になるらしい。私が「いいよ」というのと同時に、市之瀬くんがふらりと会場から出てきた。
「市之瀬、少しだけ受付替わってよ」
ちょうどよかったとばかりに、亜衣が声をかける。
「いや、俺、ちょっと休憩……」
「五分でもどるから!」
亜衣は市之瀬くんの言葉を無視して、会場の中に入っていってしまう。市之瀬くんは途方にくれたような目をして、しぶしぶ私の隣に立つ。
私は、テーブルの上に置かれた市之瀬くんの左手を、ひそかに盗み見た。何もはめていない薬指を確認すると、ほっとして心がゆるむ。
「市之瀬くん、こういうの苦手だよね」
私が笑うと、市之瀬くんは観念したように「よくご存じで」と言う。
「加島は、俺の苦手なこと全部知ってるよなー」
「何それ。市之瀬くんが苦手なことなんて、ほとんどないじゃん。私と違って」
「あるっつーの」
市之瀬くんが不機嫌そうに言い、ふいに、私はそのことを思い出した。
「……あるね」
そのときのことを思い出すと、こらえきれなくなって、私は笑い出した。
「おまえ……失礼なやつだな」
「ごめん」
私はあわてて笑いをごまかそうとする。
「……まあ、でも、加島は、俺が苦手なことを仕事にしたんだもんな」
市之瀬くんが、まっすぐ前を向いたまま言った。私はすぐに言葉を返せなかった。
どうして、私の仕事のこと、知っているんだろう? 亜衣にしか話していないのに。
「すごいな」
ふいに、市之瀬くんの横顔がこちらを向く。
私に笑いかける顔は、たちまち、なつかしい気持ちを呼び起こした。
いつも、そうだった。
市之瀬くんの何気ない言葉や仕草が、私に勇気をくれる。
亜衣が会場からもどってきた。市之瀬くんは助かったとばかりに、さっさと受付を離れる。そのまま喫煙室のほうへ向かったから、煙草を吸いにいくんだろう。
「やっぱり、幼なじみだね」
亜衣が小声でいう。
「あの市之瀬と楽しそうにしゃべるなんて、信じられない」
私がとまどいながら「そうかな」というと、亜衣が「そうだよ」という。
「市之瀬ってモテるくせに、女子には冷たかったじゃん」
そんなことない、と私は心の中で反論した。
市之瀬くんは、本当に嫌になるくらい、誰にでもやさしい。
だから、勘違いしてはいけない。
自分だけ特別だなんて……思っちゃいけない。




