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終電の時間が迫っていた。
もう帰らないといけない。
まだ、話したいことがたくさんあるのに。
裏通りの人気のない暗い道を、駅に向かって歩いた。気のせいか、ふたりとも歩く速度がすごく遅い。
市之瀬くんが私の手を握りしめた。
冬の風にさらされて凍りついていた指先が、熱くて大きな手に包みこまれる。
冷たい空に、まるい月が輝いている。
「ちょっと、ごめん」
大通りに出る手前で、市之瀬くんが足を止めた。
握っていた手を離して、私の体をたぐりよせる。
市之瀬くんの腕の中におさまると、風が消えた。
少し遠慮がちに私を抱きしめていた市之瀬くんが、我慢できなくなったように腕に力をこめて、私の耳もとで長い溜息を吐き出した。
「あー……長かった」
切ない声音に胸が震えて、苦しくなる。
私も我慢できなくなって、市之瀬くんの背中に両手をまわして、抱きしめた。
体温と心臓の音が伝わる。
なぜか急に泣きたくなった。
ただ抱き合うだけで、どうしてこんなに切なくなるんだろう。
ずっとそうしていたかったけど、市之瀬くんのほうが先に腕をほどいた。
「終電、間に合わなくなる」
やっぱりすごく切ない声でそう言って、ふたたび私の手を握り、歩き出す。
「それに、これ以上は危険」
市之瀬くんは前を向いたまま、無言で駅までの道を歩いた。
駅のホームで電車が来るのを待っているとき、私はたまらなく不安になった。
今度、いつ会えるんだろう。
って言うか、会えるの?
このまま、会えなくなったりしない?
もしも、また何年も会えなかったら……?
怖くなって、私は市之瀬くんの手をぎゅっと握りしめてしまう。
「また会える……?」
聞かずにはいられなかった。私を見下ろした市之瀬くんの顔に戸惑いが浮かんで、消える。
「大丈夫だから」
お守りのような言葉。
そして、私の手を強く握り返す。
「これからは、いつでも会える」
市之瀬くんの笑顔につられて、私も笑ってしまう。
やっぱり、すごい。
たったひと言で、私の不安を吹き飛ばしてしまった。
市之瀬くんにとってはただの口癖なんだろうけど、私には最強で、天下無敵の言葉。
今までも、これからも。
ホームに電車が入ってきた。私が乗る電車だ。
私は市之瀬くんと別れて電車に乗り、家に帰った。
長くて短い──そして夢のような一日が、終わった。




