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16年目の片想い  作者: 雪本はすみ
第14章 これから話そう
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「で、どうして俺の勤め先を知ってたわけ?」


 俺が聞くと、加島は一瞬まごついたように動きを止めた。


「え、えーと。その、有村くんから……聞きました」


 なぜか語尾が弱くなり、しかも敬語になっている。

 俺が視線で問い詰めると、あわてて言葉をつないだ。


「ち、ちがっ。実家に帰ったとき、いつも亜衣と会うから。たまに、有村くんと三人で会うこともあって。そのとき、有村くんが教えてくれて……別に、毎回市之瀬くんのことを聞き出してるわけじゃないから!」


 何を焦っているのか、加島は一方的にまくしたてると、グラスに残っているピールを一気飲みした。

 俺は興味がないふりをして、「あ、そう」とだけ言っておく。

 あの野郎。俺には、加島の情報なんてひとつもよこさなかったくせに。


「市之瀬くんは、どうしてわかったの? 私がアトリエ颯にいること」


 加島が赤い顔をして聞く。


「『レッツウォーター』のラベルデザインを見たときに、もしかしてって思って。雛高祭のときの、コースターの絵に似てたから」

「あ……そっか。そうだよね」

「企画部の矢神課長に名刺を見せてもらったら、やっぱり加島だった」


 加島はきまり悪そうにうつむく。


「うちの仕事するの、今回が初めてだって聞いたけど」

「うん、やっと」


 そう言って、本当にうれしそうに笑った。

 加島は俺より二年先に就職しているから、アトリエ颯で仕事を始めて三年目になるはずだ。

 最初に見たとき、コースターの絵に似ているとは思ったけれど、完成度はまったく比べものにならない。

 あの頃、苦手だから使わないと言っていたソフトを使いこなすだけでも、相当時間がかかっただろうし、勉強もしたんだろうと思う。


「あれがクスノキじゃなかったら、わからなかったかもな」


 そう言うと、加島は恥ずかしそうな表情になった。


「すぐにわかった?」

「そりゃまあ。だっておまえ、美術室に展示した絵もクスノキだっただろ」

「えっ!?」


 加島が驚いた声を出し、身を乗り出す。


「市之瀬くん、見たの? 雛高祭のとき、美術室に展示してた私の絵──見たの?」


 なんだ? そこまで驚かれる理由がわからない。


「そりゃ見るよ。加島が描いた絵だし。何? 俺が見たら問題あるわけ?」

「そ、そうじゃないけど。まさか、見てもらえると思ってなかったから」

「は? 俺だって、絵を見るくらいはできるんだけど」

「そういう意味じゃなくて……」


 乗り出していた体をイスの背もたれにもどして、加島は放心したように「知らなかった……」と、力なくつぶやく。

 なんだかよくわからない。


「まあ、見たところで、俺には絵のことなんてわからないけど。でも、きれいな色だったことは覚えてる」


 一応感想を伝えると、加島はますます顔を赤くしてうつむき、小さな声で「……ありがとう」と言った。


「そう言えば、『レッツウォーター』の発売に合わせてイベントやるらしいんだけど。聞いた?」


 話題を変えると、ほっとしたように加島が顔を上げる。


「イベント?」

「雛条のクスノキを見に行くツアー」


 加島が目を見開く。


「それ、知らない。聞いてない」

「今日決まったって言ってたからなー。汐崎に話したら、CMもツアーも大歓迎だって」

「あ、もう連絡したんだ? 汐崎くん、喜んでた?」

「かなり。近いうちに、現地を整備しておくとか言ってたな」

「そっか……。なんかちょっと、複雑かも」


 加島が、俺が思っていることと同じことを言った。


「観光地化されたら……もう、秘密の場所じゃなくなるね」


 そうなんだよな。

 クスノキが有名になって、雛条の知名度が上がることは、たぶんいいことなんだろうけれど。

 どこかで淋しく思っている。

 地元の人間でもめったに足を運ばないあの静かな場所に、特別な思いを持っている人間としては。


「CMの撮影って、市之瀬くんも行くの?」

「まだわからないけど、できれば同行したいと思ってる」


 もらえるものは、全部もらっておく。今のうちに。


「開発って、そういう仕事もするんだね」

「あー、うちの課は企画よりで、純粋な中身の開発とか研究は別の部署の管轄なんだよ。俺はできれば中身のほうに関わりたくて、研究所を希望してるんだけど……さすがにハードルが高くて。今は本社で修行中」


 加島は真剣な顔で俺の話を聞いている。


「……あの、前から聞きたいと思ってたんだけど」


 切り出す前に、加島が躊躇したのがわかった。


「進路、どうして農学部だったの?」


 また、ためらう。


「何か、きっかけとか……あったの?」


 どう答えるべきか迷う。

 きっかけ、と言えるんだろうか、あれ。

 このことは誰にも話していない。健吾も知らない。

 と言うか、恥ずかしすぎて話せない。

 もちろん、加島にも。


「いや別に。なんとなく」


 そう答えておいた。あながち嘘でもないし。


「私も行きたいなあ……。卒業してから、ずっとあの場所に行ってないから」


 思い出すように遠い目をして、加島が言う。


「市之瀬くんは、卒業してから、行ったことあるの?」


 俺は「まあ、何度か」と適当に答える。本当は、帰省したときは必ず足を運んでいるのだが。

 店員がラストオーダーを聞きにきた。いつのまにそんな時間になっていたんだろうと焦る。


「加島、終電。大丈夫?」


 俺とは帰る方向が逆なので、同じ電車には乗れない。

 加島は店の壁に掛かっている時計を見ながら、「まだ少し、大丈夫」と言う。


 全然、話したりない。

 聞きたいことがたくさんあるし、話したいことが山ほどある。

 なんせ、積もり積もって十六年分だ。

 とても、一日では足りない。

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