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16年目の片想い  作者: 雪本はすみ
第14章 これから話そう
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 涙が乾くと、風の冷たさが頬に染みた。

 先に行っていいと言ったのに、市之瀬くんはいっこうに会社にもどるそぶりを見せない。

 私がベンチでぐずぐずと涙を引っこめる努力をしている間も、無言で隣に座っている。


 ふたりで冬の公園のベンチに座って、徐々に空が色を変えていくのを見ているうちに、なんとか気持ちがおさまってきた。

 私が涙をふいたハンカチをカバンにしまうのと同時に、市之瀬くんがくしゃみをする。

 スーツ姿で寒そうにしている彼を見て、私は心配して言った。


「私のことはいいから、会社にもどって。市之瀬くんて、寒いの苦手だよね?」

「え?」

「子供の頃、冬になるといつも教室の前のストーブに張りついてた」


 市之瀬くんが顔をしかめ、呆れた様子で言った。


「おまえ、よく覚えてんなあ、そんな昔のこと」

「だって、ずっと見てたもん」


 言ってから、しまったと思った。

 今、間違いなくよけいなこと言った!

 案の定、市之瀬くんが私の顔をじっと見つめる。


「ずっとって……いつから?」


 声が切実で、はぐらかすことができそうにない。私はうつむいて、膝の上に置いたカバンの把手をぎゅっと握りしめた。


「……小学校で……同じクラスになったときから」


 横顔に、市之瀬くんの視線を感じる。

 恥ずかしすぎて死にそう。顔が火照るのを感じていると、市之瀬くんの視線がそれた。


「……俺も」


 すぐ近くで、押し殺した低い声が告げた。


「ずっと見てた」


 その言葉を聞いた途端に、頭の芯がぼうっとなった。

 視界がぼやける。体中熱くて眩暈がして、なにがなんだかわからない。

 信じられなくて、市之瀬くんの顔を見た。

 まっすぐ前を見て、私と目を合わせようとしない。

 相変わらずの無表情なのに、なぜか強い思いが伝わってきた。


 心臓が、すごい勢いで音をたてて駆け出す。息ができないくらい。

 うわ、ほんとに死にそう!

 私は公園の中を見回した。今すぐ話をそらさないと。呼吸困難で倒れる前に。


「ねえ、あの木、クスノキかな?」


 少し離れた、向かいの植え込みに生えている大きな木を指さして言う。落葉して枝だけになっている木が多い中で、その木だけはこんもりと葉を茂らせている。


「あれはシイの木」


 市之瀬くんはあっさり答えた。わざとらしく話をそらした私に、苦笑いを向けながら。


「樹皮が縦に裂けるところは似てるけど、葉っぱの裏が金色っぽいのはスダジイの特徴で、こっちはブナ科の植物だよ。木の下に行ったら実が落ちてるかもな」

「実?」

「ドングリ。生で食べられるって知ってた?」

「知らない……食べたことないもん」


 私の隣で笑っている市之瀬くんを見て、意外な印象を受けた。


「くわしいね」


 市之瀬くんは両手で両膝をつかみ、そのままベンチから立ち上がる。


「大学ではけっこう真面目に勉強したからなー。誰かさんに追いつきたくて」

「え?」


 意味がわからず問い返した私に、一瞬だけ複雑そうな笑顔を返して、市之瀬くんは話題を変えた。


「今日、仕事何時に終わる?」

「あ、えっと」


 これから事務所にもどってラベルの修正をして、それから……。


「終わったら連絡して」

「でも、遅くなるかもしれないし」


 そう言いながらも、心の中では私も会いたいと思っていた。


「何時でもいい。待ってるから」


 市之瀬くんのやさしい目が私を見下ろしている。

 また、胸の奥が苦しくなった。ぎゅっと締めつけられる。

 卒業式から七年も待ったのだから、一日や二日くらい、簡単に待てるはずなのに。今は、一日だって待てそうにない。

 このままずっと、何時間でも一緒にいたい。


 携帯の番号を告げようとした市之瀬くんに、私はベンチから立ち上がって「知ってる」と言った。


「亜衣が……有村くんに聞いて、教えてくれた。同窓会の次の日に」


 市之瀬くんはとたんに仏頂面になった。


「あーもう。しばらくネタにされるな、絶対」

「うん……それは覚悟したほうがいいかも。私も亜衣に報告楽しみにしてるって言われた」


 ふたりで顔を見合わせて、なんとなく照れくさくなって笑ってごまかした。

 公園を出たところで、足を止める。駅は市之瀬くんの会社とは反対方向なので、ここで別れなければいけない。


「じゃあ、行くね」


 そう言いながらも、足が動かない。離れたくない気持ちが強すぎて。


「加島」


 やさしい声が、私の名前を呼ぶ。


「これから、話そう。十六年分」


 せっかく苦労して止めた涙が、またあふれてきそうになった。私は「うん」と答えて、駅に向かって歩き出した。

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