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16年目の片想い  作者: 雪本はすみ
第11章 嘘つき
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 あのときの私には、住友さんの言葉を受け止めることができなかった。

 子供だった、と思う。

 でも、今だって大して変わらない。市之瀬くんに彼女がいると聞いただけで、どうしようもないほどうろたえて、逃げ出した。


 一月三日の午後。

 雛条駅のホームで電車を待っていると、携帯電話が鳴った。

 亜衣からだった。


『ゆっくり話す暇、なかったね』

「ごめんね、急に帰って。またメールするよ」


 電話の向こうで、亜衣が黙りこむ。


「亜衣?」

『私、健吾と結婚するんだ』


 遠慮がちに、亜衣が告げた。


『昨日、ちゃんと報告するつもりだったんだけど……先に言えなくてごめん』


 私は「ううん」と言った。

 大好きな二人が幸せになってくれるのは、本当にうれしい。だけど、どうしてだろう。亜衣がここからいなくなって、どこか遠くへ行ってしまうような──私の知らない人になってしまうような気がした。

 私は渦巻く気持ちを底に押しやって、深く息を吸いこんだ。


「おめでとう。式はいつ?」

『六月十四日』


 息が止まる。

 その日付には、聞き覚えがあった。


「それ……市之瀬くんはもう知ってる?」

『たぶん。健吾が話してるはずだから』


 じゃあ、あのとき富坂くんと話していたのは、亜衣と有村くんの結婚式のことだったんだ。


『あのさ。聞いてもいい?』


 亜衣が言う。


『紗月は、市之瀬のことどう思ってんの?』


 いきなり予想していなかった質問をされて、私はうろたえた。とっさに適当な言葉が出てこない。


『好きなの?』

「えっ」


 亜衣の口調から、強引に聞き出そうとするような気配を感じ取って、私は無意識に身構える。

 ずっと隠していたのに、いつどこでばれたんだろう? それとも、有村くんが何かしゃべったんだろうか?

 まさか──。 


「市之瀬くんに何か言った!?」


 思わず携帯電話を強く握りしめ、ホームだということも忘れて大声を出してしまう。


『紗月のイナイ歴二十五年は市之瀬のせいだから、責任取れって言った』

「な……」


 顔から火が出るんじゃないかと思った。


「何、バカなこと言ってんの!!」


 電話の向こうで亜衣が笑っている。


『ウソだよ。何も言ってない』


 私は絶句して、震える手で胸を押さえる。ほっとしたのと腹が立つのとで、文句を言う声も出ない。


『でも、連絡したほうがいいかもね。昨日、けっこう気にしてたよ。紗月が先に帰ったこと』


 どうして市之瀬くんは、私のことなんか気にするんだろう。彼女がいるくせに。


「そんなこと言ったって、連絡先知らないもん」

『教える』

「え?」

『健吾に聞いたから』


 亜衣の声が、なぜか楽しそうに弾んで聞こえる……。


『今から言うよ。メモって』

「えっ。えっ。ちょっと待って」


 私は急いでカバンの中からスケジュール帳を取り出して、亜衣が告げる番号をメモする。

 そうこうしているまに、上滝行きの電車が到着するアナウンスがホームに流れる。


「じゃあ、切るね」


 私が言うと、亜衣が『報告、楽しみにしてるから』とからかった。

 閉口する私に、亜衣が言った。

『卒業式の日に、私を騙したお返しだよ』


 スケジュール帳にメモした市之瀬くんの番号を、私は東京へ向かう新幹線の中でずっと眺めていた。


 友達として、普通に連絡すればいいだけのことだ。市之瀬くんだって、そのつもりで私の番号を聞いたのだから、別におかしくはないはずだ。

 だけど──。

 窓の外を流れる冬景色を見ながら、私は溜息をついた。

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