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16年目の片想い  作者: 雪本はすみ
第11章 嘘つき
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 一次会が予定通りの時間に終わると、みんな会場を出て、クラス単位でロビーに集まり始めた。

 早くも二次会会場へ向かう組もあったけれど、私たち一組は、幹事の有村くんがまだ会場に残っていたので、ホテルを出るのは最後になりそうだった。


「本当にいないの?」


 唐突な亜衣のひとことに、私は首を傾げた。


「なんのこと?」

「彼氏」


 また地雷を踏みますか。


「残念ながら本当にいません」


 私はふくれっ面で即答した。亜衣が私の顔をのぞきこむ。


「じゃあ、好きな人はいるの?」


 不意打ちに、一瞬対応が遅れた。


「……いないけど」

「本当に?」


 亜衣はロビーの壁にもたれて「じゃあなんで?」と聞いた。


「高一のときは隣のクラスの男子。高二のときは三年の先輩。高三のときはサッカー部のナントカって子。告られた後、即行でみんなふっちゃったよね。なんで?」

「それは……」


 適当な言い訳が思い浮かばず、私は言葉を濁した。

 そんな昔のこと、いちいち覚えていないでよ、と心の中で思う。


「私、ちょっと化粧直ししてくる」


 亜衣の詰問から逃げるようにそう言って、私は化粧室へ向かった。

 化粧室は混み合っていた。

 並んでいると、鏡の前でメイクを直している一組の女の子たちの話し声が聞こえた。


「市之瀬くんて、相変わらずかっこいいよね」

「でも年上の彼女がいるって、ちょっとショックじゃなかった?」

「だってフリーなわけないじゃん」

「そりゃそうだけどさあ」


 私の耳は、それ以上彼女たちの会話を聞くことを拒否した。体のすべての感覚が、外から入ってくるものを拒んで、閉じてしまったように。


 ほらね。

 だから言ったのに。

 期待したら、だめだって。

 いつもそう。

 もしかしたら、市之瀬くんも同じ気持ちなんじゃないかって、そう思ったとたんに裏切られる。

 十六年間、ずっとそうだった。


 私はまた、性懲りもなく同じことを繰り返して、勝手に期待して、ひとりで傷ついている。ここへ来る前、期待しちゃいけないって、あれほど自分に言い聞かせていたのに。

 バカみたい。


 化粧室を出て、亜衣の姿を探した。二次会に行って、適当に時間を過ごして早めに帰ろうと思った。

 最初から、何もなかったと思えば平気だ。

 私はただ同窓会に出席しただけで、世界は何も変わらない。明日は東京にもどって、明後日はいつもどおり出勤して、今までと同じ仕事に明け暮れる毎日が続くだけ。


 私の世界は、なにひとつ変わらない。

 市之瀬くんがいても、いなくても。


 亜衣を探していたのに、ロビーにいる市之瀬くんの姿を見つけてしまう。市之瀬くんは、富坂くんとふたりで話をしている。結婚式、という言葉が耳をかすめた。


「日取り、決まったんだっけ?」

「六月十四日」


 私の携帯の番号なんか聞いて、どうするつもりだったんだろう。それともあれは、特に意味のないことだったの? ただ単に、友達の連絡先が知りたかっただけ?

 ようやく亜衣を見つけた。


「ごめん。私……やっぱり帰る」

 亜衣が驚いて「えっ、どうして?」と聞いてくる。

「ごめん」


 まだ何か言おうとしている亜衣をふり切るように、私はその場から離れた。誰にも呼び止められないことを祈りながら、早足でホテルの玄関に向かう。


「加島さん」


 私を呼び止めたのは、三組のみんなと一緒にいた汐崎くんだった。


「……どうしたの?」


 笑顔だった汐崎くんの表情が、私の顔を見るなり徐々に曇る。


「あ、うん。なんでもない」

「帰るの?」

「うん」


 汐崎くんは一瞬ためらった後、上着のポケットから名刺を取り出して、私に差し出した。それから照れたように笑った。


「えっと……何か俺にできることがあったら、電話して」

「ありがとう」


 私はなんとか笑顔を作って、名刺を受け取り、汐崎くんに背を向ける。

 ホテルを出ると、外はもう薄暗くなり始めていた。

 凍りついた風が頬を刺す。今にも雪が降り出しそうな空気の冷たさに、今朝の天気予報を思い出す。


 雪でも雨でも、なんでもいいから降って。

 そして全部、洗い流して。

 何もかも消えてしまえばいい。

 市之瀬くんがいるだけで色が変わってしまう世界なんか。


 私はふり返らずに、駅に向かって歩き出した。

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