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「でもうちのガッコ、ほんとに山の上だったよねー」
亜衣がコーヒーゼリーをスプーンですくいながら、ぼやく。
「あの坂、マジできつかった」
「ありえないくらい山の上だったからな」
「雪とか、よく降ったもんな。んで、下界に降りたら晴れてたりして」
「夕立とか雷とか、しょっちゅうだったよねー」
私の意識は一直線に過去の場面に向かう。なんとか思い出さないよう思考の流れを阻止しようとしたけれど、無駄だった。
「そういえば停電! 雛高祭の準備してるとき、停電になったよね!」
誰かが叫んだ。そのひとことで、私は闇の中に落ちる。
「えっ、そんなことあった?」
「おまえ、先に帰ったから知らないんだよ」
「あれはびびった。雷が落ちたんだっけ」
亜衣がふと思いついたように私を見た。
「そういえば紗月、あのときどこにいたの?」
とっさに答えることができなくて、妙な間があいた。亜衣が顔をしかめる。ほかのみんなも。
「社会科教室ではありませんでしたか? 確かあのとき、教室では落ち着いて絵を描けないからと、私が社会科教室をすすめたような記憶が……」
国枝さんが過去の記憶をたぐりよせるように言う。そんなこと思い出さなくていいのに。
「それで、明るくなってから、ふたりでもどってこられましたよね。市之瀬さんと──」
私は逃げ出したくなった。
「職員室にいたんだよ」
こともなげに市之瀬くんが言った。
「教室の鍵を宇藤に返しにいったところで、真っ暗になった」
「あー、そうだったんだ」
一応は、みんなそれで納得したようだった。
私はなんでもないように笑顔を浮かべていた。心臓は大きな音をたてている。市之瀬くんの顔を見ることは、もちろんできなかった。




