1
話し声であふれる会場にもどると、ロビーの静けさが幻のように思える。
私はぼんやりと、ついさっきロビーで市之瀬くんに言われたことを、何度も頭の中で反芻する。
あれは現実? それとも夢?
「あっ、いたいた。加島さん!」
名前を呼ばれてふり返ると、元一組の副委員長、玉利くんが立っていた。
「何してんの? みんな、向こうのテーブルに集まってるのに」
それは、知っているけれど。
私がためらっていると、玉利くんは情けない表情をして私の前で両手を合わせた。
「一緒に来てくれない? 国枝に呼んでこいって言われたんだよ」
学級委員長の国枝さんとの上下関係は、未だに不動のままらしい。
私はしかたなく、玉利くんと一緒に亜衣や有村くんたちのいるテーブルに移動する。三年一組のみんなが集まっているテーブルだ。もちろん、市之瀬くんもいる。
市之瀬くんと目が合った。一瞬だけ秘密めいた視線を交わして、何気なくそらす。
「加島さんは、現在どんなお仕事をなさっているのですか?」
相変わらずの丁寧な口調で、国枝さんが質問した。みんなが一斉に私に注目する。
「えーと……デザイン事務所で、働いています」
「やっぱり!」
誰かが叫ぶ。
「絵、うまかったもんねー」
「雛高祭のポスター、きれいすぎて感動した」
「コースターの絵もかわいかったしね」
「でもあれ、けっこう大変だったよな」
「そうそう。国枝のひとことで急に決まったから」
ひととおり雛高祭の話で盛り上がったあと、有村くんが「そういう仕事って、忙しいんじゃないの?」と聞いてくる。
「うん。すごく忙しい。でも今は、早く一人前になって、大きな仕事を任せてもらえるようになりたいって思ってる」
「そっか」
有村くんの隣にいた亜衣が、「二次会どうする?」と聞いた。
「えっ、加島さん行かないの?」
有村くんが残念そうに言う。亜衣が有村くんを見上げて、「明日には、東京にもどらないといけないんだって」と説明する。
「私は行くけど……紗月は帰る?」
市之瀬くんの視線を感じる。
私は亜衣に笑い返して、「私も行くよ」と答えた。




