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16年目の片想い  作者: 雪本はすみ
第8章 ただの友達
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「まさに加島のおかげだよなあ、市之瀬」


 加島と目が合った直後、俺の視線を遮るように、宇藤の脂ぎった顔がぬっと現れた。一瞬そちらに目をとられて、再び加島のほうを見たときには、彼女はもう俺を見ていなかった。


「あのとき加島がおまえを弁護しなかったら、俺は卒業式までずーっと、おまえの頭のことを言い続けていただろうしな」


 嫌味を含んだ言い方で、宇藤はニタニタしながら俺を見る。

 冬にも関わらず日に焼けた黒い顔をしているのは、今もまだ甲子園を目指して後輩たちをしごいている証拠だ。しかし、その腹の出っ張り具合は当時より確実に進行している。スーツで包み隠してはいるけれど。


「何の話ですか?」


 国枝がチーズケーキをのせた皿を手にして、会話に入ってきた。宇藤は気持ち悪いニタニタ笑いをやめないままで、適当にうなずく。


「俺もあのときはびっくりしたけど、加島は意外と、言うことは言うんだよ」

「へー。加島さんてそういうキャラ?」


 背後霊のごとく、玉利が国枝の後ろから顔を出す。


「でも、確かに体育祭のリレーのときは、別人みたいだったよなー。加島さんがいなかったら、ちょっとやばかったかも」


 やばかったどころじゃない。たぶん、いや確実に、一位でゴールすることなんてできなかったと思う。あれは、本当に加島のおかげだ。

 いつもそうだった。

 小三のときも、小四のときも、小五のときも。リレーのアンカーだった俺に、加島が懸命にバトンをつないでくれた。


 あいつが必死な顔で、バトンを握りしめて走ってくるから。まるで命をあずけるみたいに、俺を信じきった目をして。

 だから、絶対に一位でゴールしなきゃならなかったんだ。俺が負けたら、あいつはきっと俺よりも落ちこむってことが、わかっていたから。

 だから。

 あいつからバトンを受け取ったときだけは、負けたくなかった。本気で、勝ちたいと思っていた。


「おまえ、スカイ飲料に勤めてるんだって? ちゃんと真面目に働いてるんだろうな?」


 宇藤が片方の眉をつり上げて、昔と変わらない聞き方をする。俺が「真面目に働いてますよ」と言っても、鼻の上に皺をよせてすぐには信用しないところまで、昔のまま。

 が、疑いはすぐに晴れたようだ。宇藤の表情がやわらぐ。


「まさか、おまえがものづくりに関わる仕事につくとはなあ。意外だよ」


 宇藤の表情を見ると、ふざけているわけではなさそうだったから、本気でそう思っているらしかった。もしかして、覚えていないのだろうか。


「おまえ、いつもみんなの外側にいただろ? どっか冷めてて、なにをするにもめんどくさがって。そんなんで社会に出てやっていけるのかって、実は心配してたんだぞ。俺は俺なりに」


 俺は黙って恩師の顔を見る。


「ま、今度からペットボトルの緑茶を買うときは、“一期一会”にしといてやるよ」


 そう言っておいて照れたのか、宇藤はビールを注いだグラスを片手に大股でテーブルを離れていった。

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