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「まさに加島のおかげだよなあ、市之瀬」
加島と目が合った直後、俺の視線を遮るように、宇藤の脂ぎった顔がぬっと現れた。一瞬そちらに目をとられて、再び加島のほうを見たときには、彼女はもう俺を見ていなかった。
「あのとき加島がおまえを弁護しなかったら、俺は卒業式までずーっと、おまえの頭のことを言い続けていただろうしな」
嫌味を含んだ言い方で、宇藤はニタニタしながら俺を見る。
冬にも関わらず日に焼けた黒い顔をしているのは、今もまだ甲子園を目指して後輩たちをしごいている証拠だ。しかし、その腹の出っ張り具合は当時より確実に進行している。スーツで包み隠してはいるけれど。
「何の話ですか?」
国枝がチーズケーキをのせた皿を手にして、会話に入ってきた。宇藤は気持ち悪いニタニタ笑いをやめないままで、適当にうなずく。
「俺もあのときはびっくりしたけど、加島は意外と、言うことは言うんだよ」
「へー。加島さんてそういうキャラ?」
背後霊のごとく、玉利が国枝の後ろから顔を出す。
「でも、確かに体育祭のリレーのときは、別人みたいだったよなー。加島さんがいなかったら、ちょっとやばかったかも」
やばかったどころじゃない。たぶん、いや確実に、一位でゴールすることなんてできなかったと思う。あれは、本当に加島のおかげだ。
いつもそうだった。
小三のときも、小四のときも、小五のときも。リレーのアンカーだった俺に、加島が懸命にバトンをつないでくれた。
あいつが必死な顔で、バトンを握りしめて走ってくるから。まるで命をあずけるみたいに、俺を信じきった目をして。
だから、絶対に一位でゴールしなきゃならなかったんだ。俺が負けたら、あいつはきっと俺よりも落ちこむってことが、わかっていたから。
だから。
あいつからバトンを受け取ったときだけは、負けたくなかった。本気で、勝ちたいと思っていた。
「おまえ、スカイ飲料に勤めてるんだって? ちゃんと真面目に働いてるんだろうな?」
宇藤が片方の眉をつり上げて、昔と変わらない聞き方をする。俺が「真面目に働いてますよ」と言っても、鼻の上に皺をよせてすぐには信用しないところまで、昔のまま。
が、疑いはすぐに晴れたようだ。宇藤の表情がやわらぐ。
「まさか、おまえがものづくりに関わる仕事につくとはなあ。意外だよ」
宇藤の表情を見ると、ふざけているわけではなさそうだったから、本気でそう思っているらしかった。もしかして、覚えていないのだろうか。
「おまえ、いつもみんなの外側にいただろ? どっか冷めてて、なにをするにもめんどくさがって。そんなんで社会に出てやっていけるのかって、実は心配してたんだぞ。俺は俺なりに」
俺は黙って恩師の顔を見る。
「ま、今度からペットボトルの緑茶を買うときは、“一期一会”にしといてやるよ」
そう言っておいて照れたのか、宇藤はビールを注いだグラスを片手に大股でテーブルを離れていった。




