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思い出が氾濫して、止まらない。
「ね、紗月は二次会どうする? みんな行くって言ってるけど」
亜衣に聞かれて、迷う。ちらりと向こうのテーブルに視線を移す。市之瀬くんはどうするんだろう。
汐崎くんが「二次会って、どこでやるの?」と聞いた。
「うちのクラスは居酒屋みたい。私はカラオケに行きたいって言ったんだけどさ、市之瀬が居酒屋にするって強引に決めて」
「ふーん」
汐崎くんが考えこむような顔をした。
記憶がまたひとつ、よみがえる。
もしかして。たぶん。きっと。
みんなと一緒にいる市之瀬くんは、なんでもないように「居酒屋がいい」と言ったんだろう。あのときもそうだった。
体育祭が終わった後。
クラス対抗リレーで優勝した私たちは、異様に盛り上がって、打ち上げと称してカラオケに行った。
亜衣に引っぱられて私もとりあえずついていったけど、歌う気なんかさらさらなかった。人前で歌ってはいけないほどの音痴なのだ、私は。
聞いているだけですませようとしたのに、一度だけマイクが回ってきて、歌を催促された。
断ったら場がしらけるし、歌ったら歌ったでみんなドン引きするだろうし、どうしようと焦っていたら、隣に座っていた市之瀬くんがさりげなく私からマイクを奪って、代わりに歌ってくれた。
市之瀬くんがくれるやさしさで、私はいつも元気になれた。
この気持ちは、感謝とか尊敬とかいう言葉をたやすく飛び越える。
大きく翼を広げて、もっと自由で、もっとおおらかな場所に私を連れていってくれる。
もしもあのとき、そのことを伝えていたら、市之瀬くんはどう思っただろう。私は今でも、そのことを伝えたいと思っているけれど、市之瀬くんは、昔のことなんてもうとっくに忘れてしまっているだろうか。
そのとき、市之瀬くんが、ふいにこっちを見た。
目が合った。
その瞬間、何かが──通じ合ったような気がした。




