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なんだか、すごく盛り上がっているように見える。
市之瀬くんのいるテーブルのほうを、私は時おり横目で見た。笑い声が起こる。みんな楽しそうだった。何をしゃべっているのかは、聞こえないけれど。
「いいの? あっちのテーブルに行かなくて」
汐崎くんが気を遣ってくれる。
私は「うん。大丈夫」とだけ言って、オレンジジュースの入ったグラスを口に運んだ。ふと気づいて、あわてて付け加える。
「汐崎くんこそ、いいの? 三組のみんなと話したいんじゃない? 私に気を遣わなくてもいいからね」
すると、汐崎くんはがっかりしたような顔をして、「気を遣ってるわけじゃないよ」と言った。
その言葉と汐崎くんの表情が一致しない気がして、私は戸惑う。
だけど、テーブルを移る気にはなれなかった。大勢で盛り上がっているところへ、入っていく勇気はない。
思えば、私は昔からそうだった。
人が大勢いる場所が苦手で、いつも離れたところから見ていた。
気の合う仲間同士で集まって、楽しげに冗談を言い合っているのを見ると、うらやましいと思う。だけど同時に、自分はその輪の中には入っていけないとも思う。
高校時代は、亜衣と知り合ったことで必然的にたくさんの友達と過ごす機会が増えた。楽しかった。でも、楽しんでいる心のどこかで、寂しさも感じていた。
東京の中学で過ごした三年間、寂しいのは友達がいないせいだと思っていた。でも、そうじゃなかった。たくさんの友達と過ごしていても、ひとりじゃなくても、寂しい気持ちは消えない。
どうしてなのかわからなくて、昔は、ずいぶん悩んだ。
就職先は、できれば大きな会社ではなく、小さな会社がいいと思った。社員全員の名前が覚えられるくらいの。今、私が勤めているデザイン事務所には、社長を含めてたった五人しかいない。
ちらっと見ると、向こうのテーブルで笑っていた亜衣が、私の視線に気づいてこっちへ歩いてくる。
「あっち、体育祭のときのリレーの話で盛り上がってるよ」
紗月もおいで、と亜衣が屈託なく言う。
「みんな、紗月の話を聞きたがってると思うよ」
高三の体育祭は、今でも思い出すと胸がきゅっとなる。
「あれだろ。市之瀬のごぼう抜き」
汐崎くんが言った。
体育祭のあと、校内はしばらくその話題でもちきりだったから、クラスが違う汐崎くんもすぐに思い出したようだ。それくらい、市之瀬くんの走りは感動的だった。
「でも、加島さんも速かったよね」
「そうそう、そうなのよ! ほんっと意外なんだけど! 紗月の足が速いのって、昔から?」
興奮した様子で、亜衣が汐崎くんに聞く。
「小学校のとき、毎年リレーの選手に選ばれてたもんな。市之瀬と、加島さん」
汐崎くん、そんなことまで覚えていたんだ。
「へーっ、そうなんだ。知らなかった。紗月って、リレーのときは人が変わったみたいになるもんね」
あのときもさあ、と亜衣が言う。
「もし紗月が叫んでくれなかったら、私、走れなかったかもしれない」
高三の体育祭の、クラス対抗リレー。亜衣は第二走者で、私は第三走者だった。
「あんなに自信に満ちた紗月の声、はじめて聞いたよ」
私はかぶりを振って、否定した。
「あれは……市之瀬くんのおかげだよ」
私の言葉を聞いた亜衣が一瞬真顔になって、それから不思議なものでも見るように私の顔を見た。




