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「市之瀬さんは東京で就職されたんですよね? 今はどういうお仕事をされているのですか?」
国枝が皿に盛ったフルーツをちまちまと食べながら、恐縮するほど丁寧な当時のままの言葉遣いで聞いてきた。
「スカイ飲料の開発部にいるけど」
「スカイ飲料って、“一期一会”だったっけ?」
国枝の隣に控えていた玉利が、ビールを片手に参加する。“一期一会”は、うちの会社が大ヒットさせた緑茶飲料の名前だ。
「市之瀬くん、ああいうの作ってるの?」
別の女子が、興味深そうに会話に入ってきた。ほかの面々も一斉にこちらを向く。
「たしか“RED”もそうじゃなかった?」
「“RED”ってなんだ?」
「バカ、紅茶だよ。コマーシャル見てないの?」
「私、あのCM大好き。あれから山田亜佐美のファンになったもん」
「私も私も。年末に流れてた“年越し編”の和服姿、すっごくかわいかった」
自分たちが作ったものを、昔のクラスメイトたちが日常の暮らしの中で見ていてくれて、喜んでくれるというのは、なんだかおかしな気分だ。
うれしくなって、つい、俺は余計なことを言ってしまった。
「それ、企画した人に伝えておく。今、同じチームだから」
すると国枝が即座に「その方、女性ですよね」と言った。
「そうだけど……なんでわかったんだ?」
国枝はにこりともせず、平坦な口調で理由を述べる。
「あのCMには、女性視点ならではの繊細さを感じます。男性の目が届かないところまで具体的に表現されています。ですから、企画された方はきっと女性だと思っていました」
玉利が国枝には頭が上がらないと言っていた理由が、少しわかった気がする……。
「その人、ひょっとして彼女とか?」
誰かがどさくさに紛れて変なことを口走り、まわりの女どもがすばやく反応して「えーっ!」と一斉に声をあげた。
「そんなわけないだろ。先輩だし」
俺が否定すると、「ふーん、年上の彼女なんだ?」とますます調子に乗る。
「ちょっとみんな、市之瀬くんの彼女、年上なんだって!」
まるで高校生みたいに、甲高い声できゃあきゃあいって、はしゃぐ。俺はうんざりした。これだから女は。
「何、市之瀬が年上と付き合ってるって?」
「マジかよ。おまえ年上好きだったの?」
男もか、オイ。
「どんな人だよ、美人か?」
「どうやって口説いたんだ?」
「いいなー。社内恋愛って憧れるなー」
「会議室とか給湯室とかで、こっそりいちゃついたりしてんでしょー!?」
「お約束だよねー!」
口々に勝手なことを言い合う。
「おまえら……いいかげんにしろよ」
たまりかねて、声に怒気を持たせると、ますます騒ぎが大きくなった。
「わ、市之瀬が怒った!」
「誰か、珍しいから写真撮って! 早く!」
玉利がさっとカメラをかまえる。写真を撮られそうになった直前、健吾が俺の前に乗り出してきて、カメラに向かってピースサインをした。
「あーあ。思いっきりかぶってるよー」
デジカメの画像を確認しながら、玉利が残念そうに言う。
「おまえら、アホだな。郁がマジギレしたら、こんなもんじゃすまねーぞ」
「えー、何なに。なんの話?」
突然、松川が俺と健吾の間に割りこんできた。
加島も一緒にいるのかと一瞬うろたえたが、松川ひとりだった。加島は、まだ向こうのテーブルにいて、汐崎とふたりきりで話している。
「有村さんは、市之瀬さんを“マジギレ”させたことがあるのですか?」
国枝がなぜか興味を抱いたらしく、縁なし眼鏡の奥の目を光らせて健吾に詰めよる。
「いったい何をやらかされたのですか?」
健吾は真顔で国枝を見たかとおもうと、急ににっこり笑って国枝の手の皿からイチゴを一粒つまみ、「それはヒミツ」といって口の中に放りこんだ。




