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どうして今まで気づかなかったんだろう、と私は思った。
最初は、休み時間に私が読んでいた本を、沢田さんが「私も読んでみたい」と言ったこと。それから給食のとき、小島さんが「今度加島さんの家に遊びに行ってもいい?」と言ったこと。それから……。
「加島さんって、おっそろしくピュアだよねー」
トイレの個室に入っているときに、扉の向こうから聞こえてきた会話は、沢田さんと、小島さんと、あと同じクラスの数人の女の子たち。
「なんなの、あれ。社交辞令で言っただけなのに、ほんとに貸してくれるんだもん。私、本なんか読まないからさ、貸してもらっても困るんだけど」
「そーそー。『いつ遊びに来る?』って何度も聞いてくるしさー、マジで困る。最初から行く気なんかないし。なーんでわっかんないかなー」
「誰か言ってやったら? あれ、すぐだまされるタイプだよ」
「しょーがないんじゃね? 田舎育ちだからさー」
甲高い笑い声が壁や天井にあたって、狭い空間に響き渡る。笑い声は足音とともに閉ざされた空間を出て、遠ざかっていく。
だって、貸してって言われたから。
遊びに行ってもいい? って聞かれたから。
私が本を差しだしたときだって、沢田さんは、すごくうれしそうに「ありがとう」って言っていた。放課後に誘ったときだって、小島さんは、「今日は無理だけど、また誘ってね」って残念そうに言っていた。
でも、あれは全部、嘘だったんだ。
トイレを出て教室にもどると、沢田さんや小島さんたちのグループが、教室の後ろでかたまっておしゃべりしていた。私はもう、その中へ入っていくことができない。
一か月前に転校してきたとき、りっちゃんみたいな仲のいい友達ができるかどうか、すごく不安だった。
自分から話しかけるのは苦手だし、話しかけられても答えに迷ってしまって会話が続かない。いつも、新しい友達を作るのには、人より何倍も時間がかかる。
だけど、クラスの女の子たちはみんな、転校生の私に親切にしてくれた。沢田さんや小島さんたちとも、すぐに仲よくなれた──と、思っていた。たった今まで。
私は教室を出て、廊下の窓から外を見た。
高いビルやマンションが、ぎゅっと詰めこまれた町。
もう十月なのに、どこにも秋の色が見えない。山なんかどこにもない。
建物のすきまを縫う道路には、車が絶え間なく行き交っていた。学校の横にのびる線路の上を、長い電車が通過する。踏切の警報機が鳴っている。車のクラクションの音が遠くで響く。
みんな、今ごろどうしているんだろう。
夏休みの学級登山、行きたかったな。澪入山に登るの、楽しみにしていたのに。
そして、できれば、市之瀬くんに話しかけたかった。修学旅行のときのことを、謝りたかった。
私が引っ越したこと、市之瀬くんはどう思っただろう。
淋しいって思ってくれたかな。
だったらうれしいな。
少しでも、私のことを思い出してくれていたらうれしい。
会いたいな。
市之瀬くんに会いたい。
ぶわっとあふれてきた涙を、私は手の甲でごしごしこすった。
少なくとも空は、あの町と──市之瀬くんがいる雛条の町と、つながっているはずなのに。
どうして、こんなにも風の匂いが違うんだろう。




