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「でも、びっくりしたよ。二学期になったら突然いなくなってるんだもん、加島さん」
諸見里さんは、当時を思い出すように言った。
「私、存在感薄かったし……みんな、いなくなったことに気づかなかったんじゃない?」
冗談ぽく笑い飛ばそうとしたら、諸見里さんが真剣な顔で「そんなことないよ」と否定した。
「熊井さんなんて、本当に落ちこんでたんだから。しばらく、元気なかったんだよ。あの熊井さんがだよ」
「……そっか」
「急に決まったの? 引っ越し」
「うん」
夏休みに入ってすぐだった。父の転勤が突然決まって、友達に別れを告げることもできないまま、私は雛条を離れることになった。移り住んだのは、雛条から遠く離れた大都会、東京だった。
りっちゃんには、引っ越し先から手紙を書いた。
すぐに返事が来て、しばらくは頻繁に手紙のやりとりをしていたのだけれど、中学に入って陸上部で活躍するようになったりっちゃんは、部活が忙しくなって手紙もだんだん遠のくようになった。
りっちゃんからの手紙には、市之瀬くんのことは書かれていなかったけれど、私は、市之瀬くんと同じ中学に通っているりっちゃんが、本当にうらやましくてたまらなかった。
「そう言えば、負けたんだよね、市之瀬くん」
ふいに何かを思い出したらしく、諸見里さんが言った。
「運動会の選抜リレー。六年のときの。市之瀬くん、めずらしく二位だったんだよ」
「えっ、ウソ」
「ほんとだよー。熊井さんに聞いたんだけど、加島さんと市之瀬くんって、毎年リレーの選手に選ばれてたんでしょ? それで、いつも一位だったって」
諸見里さんの言うとおりだった。
三年のとき以来、私と市之瀬くんは毎年リレーの選手に選ばれた。
そして上級生よりもタイムが上だった市之瀬くんは、四年のときも五年のときもアンカーで、私は市之瀬くんにバトンを渡す役だった。
二年目からは、もうそんなに練習しなくても、私はちゃんとバトンを受け取り、市之瀬くんにうまく渡せるようになっていた。
私は、トップでゴールする市之瀬くんしか、見たことがない。
「加島さんがいなくなって、調子が狂ったんじゃない?」
諸見里さんはそれだけ言って、私から離れていった。
私はさりげなく移動しながら、市之瀬くんの姿を探した。会場内は人が多すぎて、なかなか見つからない。
市之瀬くんと話がしたかった。
だけど、今さら何を話しても、もう遅いという気もした。
私がここにいなかった数年間──私が市之瀬くんと会えなかった三年半という時間は、どうやっても、とりもどすことができない。




