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16年目の片想い  作者: 雪本はすみ
第2章 あの頃のまま
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 * * *



 合唱コンクールまで、あと三日だった。

 雛条西小学校五年の冬、二月。


「加島さんって、音痴だよね」


 教室の掃除をしていた女子の何人かが、窓際にかたまってこそこそ話しているのを偶然聞いた。


「ちょっと、ひどくない?」

「あれ、練習してもなおらないよね」

「当日、口パクしてもらおうか?」

「あ、それがいい」

「クラスのためだもんね」


 陰口に夢中になっている彼女たちは気づいていなかったが、すぐそばに加島がいて、まちがいなくその会話は加島の耳に入っていたはずだった。

 だけど、加島は聞こえなかったふりをして、雑巾を手にしたまま教室を出ていった。


「ひどいこと言うよね」


 見るとすぐ後ろに諸見里がいて、顔をしかめていた。


「加島さん、かわいそう。コンクールの日、休んじゃうかもしれないね」


 諸見里の表情と言葉は同情にあふれていたけれど、心からそう思っているわけではなさそうだった。


「市之瀬くんって、好きな子いるの?」


 ちょっとうつむき加減に、そんなことを聞いてくる。俺は「いないけど」とだけ答えて、教室を出た。

 加島は廊下のつきあたりの手洗い場で、雑巾をしぼっていた。真っ赤になった横顔を見ただけで、必死にこらえていることがわかった。

 ぎゅっと唇を結んで、泣くのをがまんしている。


「加島」


 声をかけると、びくっと体をふるわせて、加島がこっちを向いた。何度もまばたきする目に、涙が浮いている。


「おまえ、休むなよ」


 そういうと、加島は雑巾をにぎりしめたまま、ぽかんとした顔で俺を見た。


「コンクール。絶対、休むなよ」


 そのまま、俺はその場を動かずに返事を待った。加島はしばらくぼんやりしていたけれど、ようやく意味が飲みこめたのか、ゆっくりうなずいた。


 満足して教室にもどろうとしたとき、廊下の壁際に諸見里が立っていることに気づいた。諸見里は、こっちをじっと見ている。

 心の中が、キイキイと嫌な音をたてた。金属がこすれ合うような、気持ちの悪い音。

 それが罪悪感だと気づいたのは、ずっと後だったけれど。

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