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賢者の石を手に入れた在宅ワーカーだけど、神様って呼ばれてるっぽい  作者: パラレル・ゲーマー


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第77話

 その報告書は、アステルガルドの前線基地『ベースキャンプ・フロンティア』を経由し、富士の地下研究施設での一次分析を終え、最高レベルの機密指定と共に、官邸の九条官房長官の元へと届けられた。

 深夜にも関わらず、九条は、その四つの身体(本体と分身)で、一字一句違わぬように、その内容を沢村総理と共有していた。


 報告書のタイトルは、『第一次日=アステルガルド合同学術交流会・中間報告:因果律改変能力(通称:魔法)における未確認分野の発見について』。

 そして、その数ページにわたる詳細な科学的考察の最後に、結論としてこう記されていた。


『――結論として、アステルガルド世界においては、我々の世界の「限定的未来予知」とは比較にならない、より高度かつ専門分化した「予知魔法」の体系が存在することが確実となった。特に土属性の魔導師は、マナの流れの歪みを観測することにより、数日前に特定の地域で発生する「地震」を、極めて高い精度で予知可能であると証言している。これは、我が国が長年抱える最大の国土安全保障上の課題に対し、革命的な解決策をもたらす可能性を秘めている。つきましては、政府としてこの「予知魔法」の技術習得を国家の最優先事項と定め、KAMI様に対し、その実現に向けた全面的な協力を、可及的速やかに要請すべきであると、ここに提言する』


 報告書の提出者は、地質学の権威・須田教授。

 その、普段は冷静沈着な老学者の筆致は、明らかに歴史的な大発見を前にした、子供のような興奮に震えていた。


「…………」


 報告書を読み終えた沢村の本体は、深い、深いため息をついた。

 彼の前には、先ほどまで議論していたゲート構想を巡る沿線自治体からの、数千件に及ぶ陳情書の山が、まだそびえ立っている。


「……九条君。また仕事が増えたな」


 その声は、もはや喜びでも驚きでもなかった。

 ただ、無限に続くかのように思える中間管理職の諦観に満ちた呟きだった。


「へえ。『限定的未来予知』しかない我々としても、ぜひ欲しいですね…」


 九条の分身の一人が、淡々と、しかしその声には隠しきれない期待を滲ませて言った。

 限定的未来予知は、確かに強力だった。テロや事故を未然に防ぎ、数え切れないほどの命を救ってきた。だが、それはあくまで人間が引き起こす、小さなスケールの「事件」に限られていた。


 地震、津波、火山の噴火。

 この国に生きる者たちが、そのDNAのレベルで刻み込まれた、抗いがたい絶対的な恐怖。

 その、自然という名の神の気まぐれの前では、彼らの限定的未来予知は、あまりにも無力だった。


 だが、もしその神の気まぐれさえも、事前に知ることができるとしたら。

 それは、まさにこの国にとっての究極の福音だった。


 その二人の男たちの、あまりにも切実で、そして人間的な希望に、冷や水を浴びせるかのように。

 部屋の隅のソファで和菓子を頬張りながら、携帯ゲーム機で遊んでいたKAMIが、顔も上げずに、退屈そうに言った。


「うーん。予知ねぇ…」


 彼女の声は、まるで子供の「これ欲しい、あれ欲しい」という我儘を聞き流す親のように、どこまでも冷めていた。


「正直、あんまりおすすめしないけどね」


「…と申されますと?」


 九条が、怪訝な顔で聞き返した。


「予知は、弱い適性が多いのよ」


 と、KAMIはゲームのボタンを連打しながら、こともなげに言った。


「因果律改変能力には、人それぞれ向き不向きがあるの。炎を操るのが得意な子、植物を育てるのが得意な子、人の心を癒すのが得意な子。色々ね。その中でも『予知』――つまり、時間軸という、この宇宙で最も複雑で、最も強固なプログラムに、外部からアクセスする能力は、極めて特殊で、そして希少な才能なのよ」


 彼女は、ちらりと九条の方を見た。


「あなたたちが今、筑波で育てている、あの千人の中にも、弱い予知の適性を持つ子は何人かいるけど、アステルガルドの魔導師みたいに高精度の予知者になれる子は、なかなか難しいんじゃない?」


 その、あまりにもあっさりとした絶望的な宣告。

 沢村の顔が、曇った。


「ちなみに」


 と、KAMIは、まるで思い出したかのように付け加えた。


「参考までに、日本人の一億二千万人、全員スキャンしてるけど、才能の原石レベルで言えば、強い予知適性を持ってるのは、たったの10人ぐらいしかいないわね」


「――なっ!?」


 沢村と九条が、同時に声を上げた。

 十人。

 一億二千万分の一〇。

 その、あまりにも絶望的な確率。


「……ちなみに、その十人とはどのような…?」


 九条が、食い下がるように尋ねた。


「さあねぇ」


 と、KAMIは興味なさそうに肩をすくめた。


「青森の田舎で、毎日リンゴ畑を眺めてるお婆さんとか。高知の漁港で、潮の流れだけを読んでる無口な漁師とか。あるいは、渋谷のスクランブル交差点で、ただひたすらに人の流れをぼーっと眺めてる、引きこもりのニートとか。…そういう、世界の『流れ』そのものに、無意識に同調しちゃってるような変わり者ばっかりよ。あなたたちが国家プロジェクトにスカウトできるような、まともな人間は、一人もいないわね」


 だが、その絶望的な報告の中に、一つだけ希望の光が混じっていた。


「まあ、地震予知は比較的簡単な部類だけどね。天候予測と同じよ。大気の流れ、マントルの流れ。巨大なエネルギーの『うねり』を読むだけだから。個人の運命とか、株価の動きとか、そういうランダム要素の強いものを予知するよりは、ずっと簡単」


 その一言。

 それに、九条は全てを賭けた。


「KAMI様! お願いがございます!」


 彼は、ソファの前まで進み出ると、深々と頭を下げた。


「その十人のリストを、我々に教えていただけたりは…しませんでしょうか? 我が国は、その十人の『原石』を、国家の総力を挙げて探し出し、そして最高の環境の下で育成することを、お約束いたします! 彼らこそ、この国を未曾有の災害から救う、希望の光なのです!」


 その、魂からの、悲痛なまでの懇願。

 KAMIは、ようやくゲーム機から顔を上げた。

 そして、にやりと、いつもの悪魔のような、そして子供のような笑みを浮かべた。


「いいわよ。ただし、対価を頂戴」


「ははい! もちろんです!」


「今回は、ゴミじゃだめね。それなりの機密情報だもの。金塊で欲しいわ。そうね、とりあえずあなたの国の国家備蓄の十分の一くらいで、どうかしら?」


 その、あまりにも法外な、しかし国家の未来と引き換えにするならば、あまりにも安すぎる要求。


「はい! 直ちに用意いたします…!」


 九条は、即答した。


「よろしい。じゃあ、リストはあとであなたの端末に提出するわ」


 KAMIは満足げに頷くと、再びゲームの世界へと、その意識を戻した。


「……やった。やりましたな、総理…!」


 九条の分身の一人が、隣に立つ沢村の分身に、興奮を隠せない様子で囁いた。


「これで我が国は、地震予知という悲願を達成できる…!」


「ああ…」


 と、沢村も安堵の息をついた。


「予知か。凄いな。民間への受けも良いだろう。これで、ゲート構想でギスギスしていた国民の心も、少しは和らぐかもしれん…」


 その、あまりにも楽観的で、そして人間的な二人の会話。

 それを、KAMIは聞いていた。

 彼女は、ゲームのポーズボタンを押すと、再び顔を上げた。

 その瞳には、先ほどまでの商売人のような輝きはない。

 ただ、どこまでも冷たい、そして哀れな子供たちを諭すかのような、絶対者の眼差しだけがあった。


「…そう?」


 彼女は、静かに問いかけた。


「予知をしたら、その『責任問題』とかはどうするの?」


「……責任ですと?」


「そうよ」


 と、KAMIは続けた。

 その言葉は、一つ一つが、彼らの楽観論の息の根を止めていった。


「例えば、あなたたちが育てた予知者が、こう言ったとする。『三日後、首都直下型地震がマグニチュード7.3で発生する確率90%』と。さて、あなたたちはどうする? 東京の三千万の人間を、三日以内に全員避難させるの? ゲートを使っても、物理的に不可能よ。パニックで、何十万人が死ぬでしょうね。そして、もしその予知が外れたら? その経済的損失と社会的な混乱の責任は、誰が取るの? その予知者を、国民は詐欺師として石を投げるでしょうね」


 彼女は、さらに残酷な問いを突きつけた。


「あるいは、回避不能な予知をしたら? 例えば、『十年後、富士山が史上最大規模の噴火を起こし、日本の国土の三分の一が火山灰に埋もれる』と。あなたたちはどうするの? 千万人単位の国民を国外へ移住させるの? どこへ? 誰がそれを受け入れてくれるの?」


「予知した結果、かえって悪いことになったら? 予知を公表したせいで、人々が絶望し、社会が崩壊し、暴動が起きたら? その責任は?」


 そして、彼女はとどめを刺した。

 その問いは、もはや国家の運営というレベルを超えた、人類の根源的な問いだった。


「もし、その予知者がこう言ったら? 『予知の結果、千年後、人類は必ず滅びます』と。その、変えようのない絶対的な未来を知ってしまった時。あなたたちは、誰がその責任を取るの?」


 その、あまりにも重く、そして答えのない問いの連続。

 それに、沢村も九条も、ただ沈黙するしかなかった。

 彼らは気づいてしまった。

 予知とは、希望ではない。

 それは、知りたくもなかった未来の絶望を、現在に引き寄せてしまう、呪いの力でもあるのだと。


「……まあ、少し意地悪を言ったけど」


 KAMIは、その重苦しい沈黙を破り、いつもの子供のような口調に戻った。


「予知と言っても、全部が良いことというわけじゃないわ。だから普段から、私は予知はしないし、面白くないから見ないし…。それは、物語のネタバレになるから、ね」


 彼女は、まるで最高のミステリー小説の最後のページを先に読んでしまうことの愚かさを説くかのように言った。


「最初に『限定的未来予知』のスキルを与えたのも、そういうことよ。全部を予知したら、あなたたち人間は間違いなく、その情報の重みに耐えられなくなって、まずいことになるから。だから、テロとか事故とか、自分たちが対処可能な小さな『イベント』だけを、教えてあげたの」


 彼女は立ち上がった。

 そして、二人の哀れな中間管理職に、最後の、そして最も重要な神の言葉を告げた。


「予知のその危険性を、本当に心の底から理解したなら、その上でなお、その力を使いたいというのなら、使って良しよ」


 それは許可だった。

 だが、同時に突き放しでもあった。

 お前たちが、その力の本当の恐ろしさを理解した上で、その責任を全て背負う覚悟があるというのなら。

 好きにすればいい。

 その結果、お前たちがどうなろうとも、私は知らない。

 その、あまりにも重い神のメッセージ。


 KAMIは、もう用事は済んだとばかりに、再びゲーム機を手に取った。


「じゃあ、リスト送っておくわね。あとはよろしく」


 その言葉を残して、彼女はすっとその場から姿を消した。


 後に残されたのは、絶対的な静寂と、そして四つの身体を持つ二人の男だけだった。

 彼らの手には、今、確かにこの国を災害から救うための、奇跡のカードが手渡された。

 だが、そのカードの裏には、知りたくもなかった世界の、そして人類の残酷な真実が、びっしりと書かれていた。


 彼らは、そのカードを使うのか。

 それとも、使わずに見なかったことにするのか。

 その究極の選択を、今まさに突きつけられていた。


 沢村は、窓の外の平和な東京の夜景を見つめた。

 この美しい、しかし常に災害の脅威と共にある、脆い日常。

 それを守るためなら、我々はどこまでの罪を背負う覚悟があるのだろうか。

 その答えは、まだ彼の、そしてこの国の誰もが、見つけ出してはいなかった。

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 ある男性が用事で家を出ようとしてドアノブを掴んだときに静電気が走ったと思ったら途中にあるコンビニで車に轢かれる猫の映像が頭をよぎった、男性は気味が悪いと1時間時間をずらして家を出たが見た光景そのまま…
国家として是が非でも欲しいッ!ってなるのはわかるけど、その10人の運命を強制的に変えちゃうのにもはや躊躇いもないのね。
ネガティブな”たられば”ばかりあげつらって予知能力を危険だと強調してますが予知能力で救われる命や財産を考えれば微々たるものかと。 責任?そんなものとる必要ないしそんなものに縛られてやるべきことをやらな…
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