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賢者の石を手に入れた在宅ワーカーだけど、神様って呼ばれてるっぽい  作者: パラレル・ゲーマー


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第76話

 アステルガルドリリアン王国。その王都ライゼンの中心、シルヴァリオン宮殿に隣接して、この数ヶ月で急遽建設された一つの白亜の殿堂があった。『日輪と双月の館』。地球の太陽と、アステルガルドの二つの太陽を象徴するその建物は、二つの世界の知性が初めて公式に交わるための聖なる学術交流の場として、セリオン王の勅命によって建てられたものだった。

 その内部は、外界の喧騒から完全に遮断され、静謐な空気に満ちていた。壁一面を埋め尽くすのは、リリアン王国の王立図書館から持ち込まれた数万冊の古文書と、地球から空輸された最新鋭のホログラフィック・ディスプレイや電子顕微鏡といった異質な科学機器。古い羊皮紙の匂いと、サーバーラックが発する微かなオゾンの匂いが、この場所で起きている奇跡的な融合を象徴していた。


 その館の一室、地質学と錬金術の合同分科会。

 アステルガルドとリリアン王国では、学者たちの交流が進んでいた。

 部屋の中央では、日本の地質学の権威、須田教授が、興奮を隠しきれない様子で身振り手振りを交えながら、熱弁を振るっていた。彼の目の前には、王立魔導院から派遣された高位の土属性魔導師アース・メイジと、王家の歴史を編纂する老練な歴史学者たちが、困惑と、そしてそれを上回る純粋な好奇心に満ちた目で、彼の話に聞き入っている。

「――つまりですな!」

 須田教授は手元の端末を操作し、部屋の中央にホログラムの地球儀を投影した。その表面は、ジグソーパズルのように十数枚の巨大な「プレート」と呼ばれるパーツに、色分けされている。

「我々の世界の『大地』は、皆様が考えておられるような一枚岩の不動のものではないのです! それは、このプレートと呼ばれる厚さ数十キロメートルの巨大な岩盤の集合体であり、そしてこの岩盤は、地球内部のマントルの対流に乗って、一年に数センチという、我々の爪が伸びるのと同じくらいの速度で、絶えず動いている!」


 須田教授がホログラムの地球儀を操作すると、数億年前の超大陸パンゲアが分裂し、現在の七つの大陸へと形を変えていく様が、タイムラプス映像で壮大に映し出された。

「そして、このプレート同士がぶつかり合い、あるいは引き裂かれるその境界で、蓄積された巨大なエネルギーが解放される! それこそが『地震』のメカニズムなのです! プレートテクトニクス! これが、我々の世界の大地の真の姿なのですよ!」


 その、あまりにも壮大で、そしてあまりにも自分たちの常識からかけ離れた理論。

 アステルガルドの学者たちは、言葉を失った。

 最初に震える声で口を開いたのは、白髭をたくわえた王家の歴史学者だった。

「……ま、待たれよ、須田殿。あなたの言うことは、にわかには信じがたい。つまり、我らが今立っているこのリリアン王国の大地も、そして海の向こうにあるという帝国の大陸も、かつては一つであり、そして今もなお動いていると…? なんと! 地震のメカニズムとは、そういうことでしたか!?」


「ええ。それが、今の地球における最も有力な定説です。もちろん、観測できていない地球深部のことですから、違う可能性もゼロではありませんが…」


「いえいえ! 分かりました!」

 歴史学者は興奮のあまり立ち上がった。「なんと素晴らしい! これならば説明がつく! 我が国の古文書に残る、数千年前に一夜にして海に沈んだという伝説の『西の都』の記述! あれは神話などではなかった! プレートの沈み込みによって引き起こされた大規模な地殻変動だったのやもしれん! しかし、大陸が動くとは…! なんと興味深いですね!」

 彼の、学者としての魂が、新たな真実の光を前に、歓喜に打ち震えていた。


 その興奮の渦の中で、一人、土属性の魔導師だけが、冷静に、そして核心を突く質問を口にした。

「……須田殿。そのプレートの動きとやらを、魔法で知ることはできる物ですか? 我ら土の魔導師は、大地の微細なマナの流れを感じ取ることはできる。じゃが、大陸規模の数千年、数万年単位の動きとなると…」


 その問いに、須田教授は、興奮のあまり赤らんでいた顔を、わずかに曇らせた。

「……いえ。残念ながら、それは我々の科学でも不可能です。我々ができるのは、過去の痕跡から未来の動きを『予測』することだけ。それも、極めて不正確な…」

 彼は、日本の、あの忘れられない大震災の記憶を、脳裏に浮かべていた。

 その須田教授の苦渋に満ちた表情を見て、今度は土の魔導師が、静かに、そして誇らしげに言った。

「そうですね。我らも、大陸が動くという、その大いなることわりまでは掴めておりませぬ。じゃが、その結果として起きる小さな理…すなわち、地震そのものは、我らは魔法で予知し、民を避難させておりますね」


「――なっ!?」

 今度は、須田教授を始めとする地球側の科学者たちが、絶句する番だった。

「予知!? 地震の予知が可能だと!? 正確な発生時刻と規模が、分かるというのですか!?」


「時刻と規模というほど正確なものでは、ありませぬ」と、魔導師は謙遜するように首を振った。「我ら予知魔導師シーアは、大地を流れるマナの『脈』…貴殿らが言うところの地脈とやらに、常に意識を同調させております。そして、その脈に大きな『歪み』や『澱み』が生じた時、それを直感的に感じ取るのです。『三日後、東の谷で大地が大きく泣くであろう』と。その程度の曖昧なもの。じゃが、その予知があれば、民を、家畜を高台へと避難させる時間は十分に稼げます。しかし、それでも建物は被害に遭いますからなぁ。我らの力は、そこまでです」


 その、あまりにも謙虚な、しかし地球の科学者たちにとっては神の御業にも等しい告白。

 須田教授は、もはやその場に崩れ落ちそうになるのを、必死でこらえていた。

「予知!!! 素晴らしい!! なんと素晴らしい力だ! それは、我々地質学者がその生涯の全てを捧げても、なおたどり着くことのできない究極の夢! ぜひ、その技術を我々に紹介して欲しいですな!」

 彼は、子供のように目を輝かせた。

「予知魔法があるんですよ。そうか、直近で起きる災害を予知するのですか! 素晴らしい!!! ぜひ地球にも、欲しいですね!!」

 科学者たちは、大興奮だった。

 科学は、世界の「なぜ」を解き明かす。

 魔法は、世界の「いつ」を感じ取る。

 二つの、全く異なるアプローチ。しかし、その両輪が揃った時、人類は初めて、地震という抗いがたい天災に、立ち向かうことができるのかもしれない。

 その、あまりにも大きな可能性に、部屋にいた全ての学者の心が、一つになって震えていた。


 その日の昼食は、館の中庭で、ささやかな立食形式のパーティーとして催された。

 テーブルの上には、リリアン王国の王宮料理人が腕を振るったアステルガルドの山海の珍味と、そして日本から空輸された、地球のありふれた、しかしこの世界にとっては奇跡の食材が並んでいた。

 その中で、ひときわ大きな人だかりができていたのは、色とりどりの果物が山と積まれたデザートのテーブルだった。

「……なんと甘い!」

 リリアン王国の若い錬金術師の一人が、真っ赤に熟れた一粒のイチゴを口に運び、その目を大きく見開いた。「我が国で採れる野イチゴとは、比べ物にならぬ! この、蜜のように凝縮された完璧な甘さは、一体…!?」


 その純粋な驚きの声に、この交流会のために急遽日本から呼び寄せられた、農学博士の初老の日本人女性、サトウ教授が、穏やかに、そして誇らしげに微笑んだ。

「それは『あまおう』という、我々の国で長年かけて作られた、特別なイチゴですよ」

 彼女は、アステルガルドの学者たちに、地球のもう一つの偉大なる魔法について、語り始めた。

「ええ、まあ『品種改良』と言ってですね…。簡単に言えば、我々は何世代にもわたって、最も甘い実をつけた株と、最も大きな実をつけた株を、掛け合わせ続けるのです。その、気の遠くなるような地道な作業を、数百年、数千年と繰り返す。そうすることで、自然界には存在しない、より甘く、より大きく、そして病に強い、完璧な作物を、我々人間の手で作り出すことができるのです」


 その、あまりにも地道で、そしてあまりにも気の遠くなるような壮大な育種の時間。

 アステルガルドの学者たちは、再び言葉を失った。

「……なるほど。美味しい物を意図的に作り出す技術!」と、錬金術師が感嘆の声を上げた。「それは、もはや農業ではない! 生命そのものを、より良き方向へと錬成する究極の錬金術! まさに、科学とは素晴らしい物です!」


「ええ、農業ですから、私は専門外ですが」と、須田教授も興奮気味にサトウ教授に語りかけた。「サトウ先生! これは素晴らしい! この技術があれば、アステルガルドの食糧問題は、劇的に改善されるやもしれん! 農業関係者も、もっとこちらに呼ぶ必要がありますな!」

 その言葉に、アステルガルドの学者たちは、一斉に深く、深く頷いた。


 食後の穏やかな歓談の時間。

 歴史学者の分科会では、話題は自然と、それぞれの世界の「過去」へと移っていた。

 リリアン王国の歴史学者が、誇らしげに語る。

「我が国の歴史は、建国神話に謳われる英雄王、アルトリウス様が、六体の聖獣と契約を交わし、邪竜を討伐された、その瞬間から始まります。その叙事詩は、今もなお吟遊詩人によって語り継がれており…」


 その、あまりにもファンタジックで、そして英雄的な歴史物語。

 それを静かに聞いていた、地球側の考古学を専門とする田中教授が、おずおずと口を開いた。

「……素晴らしい歴史ですな。では、そのアルトリウス王の時代の遺跡や遺物といったものは、発掘されておられるのですかな? 例えば、王が使われたという剣や鎧。あるいは、当時の人々が使っていた土器の欠片など…」


 その、あまりにも専門的で、そして地味な問い。

 アステルガルドの歴史学者は、きょとんとした顔で首を傾げた。

「遺跡? 土器? …いや、そのようなものは、ほとんど残っておりませぬな。ご存知の通り、我が大陸はゴブリンやオークといった魔物の巣窟。古代の遺跡など、とうの昔に奴らの住処となるか、あるいは破壊し尽くされておる。それに、歴史とは、偉大なる王や英雄の物語。名もなき民草が使っていた土くれの欠片を集めて、一体何になるというのですかな?」


 その、あまりにも純粋な、そして考古学者にとっては、あまりにも悲しい答え。

 田中教授は、その初老の顔に、隠しきれない落胆の色を浮かべた。

「……そうですか。考古学ですか…。我が国でも、いや、あなた方の世界では、考古学はあまり発展しておりませんですね…」

 彼は、しょんぼりと肩を落とした。

 彼は夢見ていたのだ。この、魔法の世界でなら、古代の超魔導文明の失われた空中都市でも発掘できるのではないかと。

 だが、現実は違った。この世界では、過去は物質ではなく、物語として、ただ語り継がれるだけなのだ。

 その、文化の根源的な違い。


 その日、館のその他、色々な部屋で、地球の科学を教えたりする、無数の小さな、しかし歴史的な対話が生まれていた。


 医学の分科会では、日本の天才的な外科医が、人体の精密な解剖図をホログラムで示しながら、細菌とウイルスの概念を説明していた。

「……なんと。病とは、呪いや瘴気ではなく、この目に見えぬ、小さな小さな生き物によって引き起こされていたと…?」

 それまで、ポーションによる生命力そのものへの干渉しか知らなかった、リリアン王国の治癒師たちは、その、あまりにもミクロで、そしてあまりにも論理的な病の正体に、戦慄していた。


 天文学の分科会では、アメリカNASAの女性科学者が、ハッブル宇宙望遠鏡が捉えた、数億光年彼方の銀河星雲の写真を、スクリーンに映し出していた。

「……星々が、宝石のように天球に縫い付けられているのではないと…? あれは、我らの太陽と同じ巨大な炎の塊であり、そしてその数は、この世界の砂の数よりも多いと…?」

 それまで、占星術という神秘のヴェールを通してしか夜空を見てこなかった、王国の星読みたちは、その、あまりにも広大で、そしてあまりにも無慈悲な宇宙の真の姿に、ただひれ伏すしかなかった。


 物理学、化学、数学、経済学、そして芸術。

 あらゆる分野で、知の奔流が、二つの世界の間を、激しく、そして豊かに行き交っていた。

 地球の科学者たちは、魔法という未知の物理法則の存在に、その探究心を燃え上がらせた。

 アステルガルドの賢者たちは、科学という、マナに頼らないもう一つの偉大なる知の体系に、その畏敬の念を深めていった。


 その日の夜。

 全ての交流会を終えた、須田教授と土の魔導師は、館のテラスで二人きりで、地球から持ってきた日本のウイスキーを酌み交わしていた。

「……乾杯」と、須田教授が言った。「今日という素晴らしい一日に」

「うむ。乾杯じゃ」と、魔導師が応じた。

 彼らは、言葉少なに、琥珀色の液体を喉へと流し込んだ。

 眼下には、王都ライゼンの魔晶石の灯りが、宝石のようにきらめいている。

「……不思議なものですな」

 やがて、魔導師がぽつりと呟いた。

「我らは今日一日で、自分たちの世界がいかにちっぽけで、そして無知であったかを思い知らされた。じゃが、不思議と心は晴れやかじゃ。絶望よりも、むしろ希望に満ちておる」

「ええ」と、須田教授も頷いた。「私も同じです。地震予知という、我々の長年の夢が、あなた方の世界では当たり前の技術として存在していた。それは悔しい。だが、それ以上に嬉しい。まだ我々には、学ぶべきことが、知るべきことが、この宇宙には無限にあるのだと、そう教えられたのですから」

 二人の老いた学者は、顔を見合わせ、そして静かに笑い合った。

 彼らは、もはや日本人でも、リリアン人でもなかった。

 ただ、同じ真理の道を歩む同志だった。

 その、ささやかな、しかし確かな友情こそが、この歴史的な一日がもたらした、何よりも尊い成果だったのかもしれない。

 二つの世界の、本当の対話は、今まさに始まったばかりだった。

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― 新着の感想 ―
異世界なんだからプレートがあるとか星の正体が恒星であるとか病気の正体がウイルスとは限らないと思うんですが、調査も検証もしないままに伝授していいんですかね? ファンタジーよろしく巨大な樹や神獣が大地を支…
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